「これが、君が自分の力で作ったゲームなの?」
「ああ。出来損ないのノベルPCゲームだけどな」
病室のベッドデスクに、俺はPCを置いた。
お義父さんとお義母さんは医者のもとへ行っている。
「主人公は、斜に構えているような俺様タイプ。そんな主人公がある孤島へ訪れたところから物語が始まる、か」
我ながらすごくテンプレだと思う。それでも、シナリオを書いたことのない俺には、テンプレートを踏襲することしか出来なかった。先人の作り上げた、「泣かせるゲームのシナリオの基本形」
「じゃあ、入院中にじっくり遊ばせてもらうね」
「おう」
そしたら布団で隠していた、赤ん坊が腹の中に入っている、膨らんだおなかを見せてきた。「触ってみる?」
緊張しながらも触ってみると、ポコッ、と蹴ってきた。
ああ、ちゃんと俺たちの子供が生きているんだな。そう実感すると、どうしてか泣いてしまいそうになる。
「あと二か月で十月十日になるの。その頃には君はパパになるんだよ」
俺は笑った。「そりゃあ、楽しみだ」
「どんなパパになりたい?」
「そうだなあ」
その瞬間、父親の姿がフラッシュバックした。俺は苦虫をかみつぶしたような顔になってしまう。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
俺の父親にも、出来ちゃった婚を話さないとな。少し、憂鬱だ。
病室から出て、自販機でコーラを購入した。
それを飲みながら父親に連絡を掛けた。
「……なんだ。いま仕事中なんだが」
「父さんに話があるんだ」
「……いまじゃああれだ。あとで家に来い」
「分かったよ」
通話を切って一息つく。父親の声にいまでも緊張する。
俺は頬を触った。殴られたりしないだろうか。不安だ。
「竹達くん」
声を掛けられた。その方向を見るとお義母さんが立っていた。俺はすぐに立ち上がって、頭を下げた。
「娘の様子はどうだった?」
「最初は顔色が悪かったんですけど、なんとか調子を取り戻してくれました」
「そう、そりゃあよかった」
お義母さんが自販機でコンポタを購入する。それを取り出し口からとると、缶を振ってコーンを中でかき回した。それを開けて、猫舌なのかゆっくり飲みだした。
「あの子、まだ十八なのよ」
「……はい」
「神様っていないのね、いたとしたらどれだけ無慈悲なのかしら」
暗い顔でそう言ったお義母さん。鼻をすすって、少し涙目になっている。
「あの子を看取ってあげて。それがあの子の願いだと思うから」
「そうですよね」
いまの俺にそこまでの価値があるのだろうか、と不安にもなる。けれど、彼女の恋人としてやれるだけのことはやってあげたい。希美を看取ることが役目なら、忠実にやりたい。それが男として、父親としての義務だろう。
「あなた、シングルファザーになるのはとても大変よ。大学か専門学校には?」
「専門学校に、プログラミングを勉強したくて」
「それは、もう諦めないといけないわね」
俺は小首を傾げた。「諦めなくちゃいけないんですか?」
すると鋭くお義母さんが睨みつけてきた。コンポタを呷ってから、
「そりゃあそうでしょ。高卒でも、働ける場所ならいくらでもあるわよ」
そうだよな、と俺は思った。子供のことを第一に考えるのが親の務めだ。
「俺、ゲームクリエイターになるのが夢だったんですよ。でも、諦めないといけない。そりゃあその通りですよね」
お義母さんが俺の肩を抱いてきた。
「責任は取ろうとしているのは、評価できるわ。ありがとう」
「いえいえ」
コンポタの缶をゴミ箱に投げ入れ、お義母さんは立ちあがった。
「じゃあ、頑張って」
そして去っていった。俺はコーラを飲んだ。もう炭酸は抜けていた。