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第32話 限界までギャルゲーを作ろうよ

 その日から俺は一睡もしないでゲームの制作に取り掛かった。

 ひたすら言語を書き込み、シナリオは想像力と二分の一の希美への思いで創作した。

 音楽なんて作ったことはなかった。それでも挑戦した。


 たった一人の女性のために。

 大病を患った、死に行く恋人の餞となるように。


 三日目。もうフラフラだった。それでも精力剤を飲み、なんとかしてPCの画面とにらめっこした。

 五日目。起きているのか、眠っているのかすら分からないなか、ゲームのデモ版が完成した。それをプレイしながらバグがないか調整する。

 正直に言って、素人のフラッシュゲーム以下の出来栄えだった。それでも、これにはたくさんの人への思いが詰まっている。

 届いてくれ。そう思い、俺は重たくなった瞼に抗えなくなった。


 ◇


 目を覚ますと、ベッドの上だった。

 隣では、どうしてか眞衣が寝ている。こちらへ抱き寄せていて、はっきり言って重たい。


「おい、どいてくれ……」

「あっ、お兄ちゃん、起きたんですね」

 起き上がった眞衣は俺の上に跨った。


「あれ、おかしいですね。朝なのに反応してない」

「そりゃあ、妹に反応するやつのほうがおかしいからな」

 むう、と頬を膨らませて、


「まあいいです。私、将来本気でお兄ちゃんと結婚するんで」

「バカな話はよしてくれ」

「なにがバカなんですか! 怒りますよ」


 俺は起き上がって、眞衣の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやった。


「結婚なんかしなくても、俺たちはずっと一緒だ」

「そ、それはプロポーズですかあ」


 俺はベッドからずり落ちそうになった。「どこをどう勘違いしたらそうなるんだ」


「だって……」

「だってもくそもあるか。ほら、朝飯食うぞ」


 そう言って俺たちはリビングへと向かい、コンロの火を付けた。

 そしてフライパンに卵を落とし、目玉焼きを作る。

 その間に、トースターに食パンを入れてトーストを作る。俺はトーストの焼けた香ばしい匂いが好きだったりする。

 そうしたら朝飯の準備も整い、ふたりで合掌する。「いただきます」


 眞衣は目玉焼きをトーストにはさんで、半分に折りたたんでから食べるのがこだわりだ。一度、それって美味いのか? と訊ねたことがあるが「別にふつうですよ」と変哲もない答えが返ってきたことがある。ならなぜしているのだろうか。

 朝食も食べ終わり、俺は制服に着替えた。その様子を見ていた眞衣が、「学校に行くんですか? 冬休みですよ」と言ってくる。

 そう、今日は冬休みだ。それなのになぜ制服に着替えたのかと言うと、相手のご両親に失礼が無いようにだ。

 その相手とは、大竹希美だ。

 今から、希美の入院先の病院に行くのだ。


「出来ちゃった婚、謝らないとなあ」

「えっ、お兄ちゃんいまなんか言いましたか?」

「いやあ。言ってないぞ」


 妹の眞衣には、「赤ちゃんはコウノトリが運んでくるんです」なんて思っていてほしいからな。あれっ、ちょっとキモイかな。

「じゃあ、いってくるなあ」

「いってらっしゃい」

 笑顔で見送ってくれた眞衣。その笑顔で緊張が半減した。


 ◇


 病院に着くと、待合室にいたご両親に挨拶する。

「どうも、大竹希美さんとお付き合いさせてもらっております、竹達俊と申します」

「君が例の」

 強面のお義父さんが俺の顔を鋭く見つめた。かと思えばにんまりと笑って、

「おめでとう。我が家としても嬉しいよ。孫が出来るなんてさ」

 ねえ義母さんとお義父さんが話しかける。しかし、やはりかお義母さんは複雑な心境なのか含みを持った肯定を伝えた。


「さあ、病室に行こうか」

「彼女の容態は?」


 歩きながらそう問いかける。それだけが気がかりだった。

「今朝から嘔吐を繰り返している。食事も喉を通らないって」

 そして、君に伝えておかなければならないことがあるんだ。

 そうお義父さんから言われた。その不穏な雰囲気に、俺は正直怖かった。


「もう、彼女の余命は半年もない——」

「そ、そんなっ」

 エレベーターに乗り込んだ。彼女の待つ病室へと目指す。


「君が、そんな娘のことを愛してくれたことが、なによりも娘の財産だと思うよ」

「そうですかね」

 そう言われても、自信が無かった。


「ひとつ、約束してくれるかね」

「なんでしょう」

「娘にずっと付き添ってほしいんだ。支えてくれなんておこがましいことは言えない。でも、頼むから希美にこの世に未練を残してほしくないんだ」

「分かっています」


 ◇


 病室を開けると、彼女はずっと窓のほうを見つめていた。

「よお、希美」

「俊くん?」

 彼女は、こちらを振り向いた。そして車椅子に乗り込んでせっせとタイヤを転がし、俺に抱き付いてきた。

「淋しかった……。本当に淋しかった」

「ああ」

 俺も抱き返した。

 いま、この場に俺と希美しかいないような、そんな錯覚を抱いた。



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