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第30話 NEXTのオムライス

「お兄ちゃん、今日は料理を作りました。関西風お好み焼きです!」

 自宅のリビングで、眞衣がどこから持ってきたのかホットプレートをテーブルの上に置いて生地を流し込んでいる。

「お兄ちゃんがなぜか元気がなさそうなので、ファイト一発、元気を出してもらおうと頑張りました!」

「いらねえ」

「えっ」


 俺は冷蔵庫の中から麦茶を取り出し、それを一気飲みし、それからパーカーを羽織って、外に出た。

 しばらく、独りになりたかった。


 山手線に乗って、それから東部中央線に乗り換えて、適当な駅で降りる。

 すべてから目を逸らしたかった。妹の存在からも。不甲斐ない自分からも。どうすることもできない現実からも。

 漫喫でチェックインを済ませて、部屋に入る。

 ネットでNextの動画を観ていても、心が動かない。

 それから三日後。俺は満喫での生活に飽きて、外に出ることにした。

 深夜の外を歩く。黒紫のグラデーションの空が俺を見下ろす。

 すると俯いて歩いていたからか、誰かと肩がぶつかった。


「ん? てめえなにぶつかってんだよ」

「ああ。すみません……」


 俺の胸倉を掴んでくる金髪の不良。


「なんだ」


 路地裏で、三人組の不良たちが俺たちを取り囲む。

 俺の大腿に蹴りを入れてくる。

 俺は痛みで歯を食いしばる、そして殴られて地面に倒れる。


「こいつ、弱すぎるだろ」


 けらけらと大笑いしている不良たち。俺はむくっと立ち上がって、不良に一発こぶしを入れる。そこでひるんだ不良。俺は流れるように殴っていった。そして殲滅してから上がった息を整える。

 舌打ちをして、踵を返した。

 それから不良と喧嘩をする毎日だった。噂が噂を呼び、「調子に乗っている餓鬼がいる」と路上で伝説になった。


 俺は、喧嘩に明け暮れる日々で、何かを失い、なにかを手に入れたように思えた。

 よふかしの日々で、満月の陰りに隠れて生きていた。

 妹のことなど、希美のことなど忘れようとして、必死にあがいた。

 でも出来なかった。

 俺は電信柱にもたれかかって涙を流した。

 どうして……。なぜなんだ。


「お兄ちゃん——」

 えっ、眞衣の声か?

 パーカーのフードを目深にかぶりこちらを窺っている眞衣の姿が見えた。

「眞衣……どうして」


「お兄ちゃんのこと、一生懸命探したんだよ。いろんな人に訊いて、怖い人に脅されたりもしたけど……それでも頑張って」

 どうしてそこまで……。俺はそう言おうとしたとき眞衣に抱きつかれた。妹は涙を流しながら、「淋しかったんだよ」と言った。


「秋月さんから聞いたよ。お兄ちゃんが私のためにいろんな人の力を借りながら、頑張ってゲームを作ったことも。ほんと、ありがとう」

「そんなの、兄貴だったら当り前だよ。俺はっ、俺がやりたくてやったことなんだから」

 お前のために……。たったひとりのかけがえのない妹のために。

「家に帰ろう? 美味しいごはん作るからさ」


 自宅に戻ると、眞衣が「座っていてね」と言った。俺は椅子に座って眞衣の料理を作る姿をぼおっと見ていた。

 しかしこくん、こくん、とうたたねしてしまう。


「——お兄ちゃん、出来たよ」


 俺は目を覚ますと目の前のテーブルにオムライスがあった。ケチャップで「元気出して」と描かれている。

 それを俺は一口、食べてみる。甘いピザソースの味がした。それがNextに登場した特製オムライスのようで。すごく泣けてきた。

 ああ、俺ずっと泣いてばかりだな。

 すると眞衣は笑いかけてきた。

「お兄ちゃん、おいしい?」

「ああ、凄くおいしいよ」

 俺はぼろぼろと落涙しながらオムライスをかきこんだ。 

 甘すぎる味付けのはずなのに、どこか舌に馴染んで離れなかった。



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