「お兄ちゃん、今日は料理を作りました。関西風お好み焼きです!」
自宅のリビングで、眞衣がどこから持ってきたのかホットプレートをテーブルの上に置いて生地を流し込んでいる。
「お兄ちゃんがなぜか元気がなさそうなので、ファイト一発、元気を出してもらおうと頑張りました!」
「いらねえ」
「えっ」
俺は冷蔵庫の中から麦茶を取り出し、それを一気飲みし、それからパーカーを羽織って、外に出た。
しばらく、独りになりたかった。
山手線に乗って、それから東部中央線に乗り換えて、適当な駅で降りる。
すべてから目を逸らしたかった。妹の存在からも。不甲斐ない自分からも。どうすることもできない現実からも。
漫喫でチェックインを済ませて、部屋に入る。
ネットでNextの動画を観ていても、心が動かない。
それから三日後。俺は満喫での生活に飽きて、外に出ることにした。
深夜の外を歩く。黒紫のグラデーションの空が俺を見下ろす。
すると俯いて歩いていたからか、誰かと肩がぶつかった。
「ん? てめえなにぶつかってんだよ」
「ああ。すみません……」
俺の胸倉を掴んでくる金髪の不良。
「なんだ」
路地裏で、三人組の不良たちが俺たちを取り囲む。
俺の大腿に蹴りを入れてくる。
俺は痛みで歯を食いしばる、そして殴られて地面に倒れる。
「こいつ、弱すぎるだろ」
けらけらと大笑いしている不良たち。俺はむくっと立ち上がって、不良に一発こぶしを入れる。そこでひるんだ不良。俺は流れるように殴っていった。そして殲滅してから上がった息を整える。
舌打ちをして、踵を返した。
それから不良と喧嘩をする毎日だった。噂が噂を呼び、「調子に乗っている餓鬼がいる」と路上で伝説になった。
俺は、喧嘩に明け暮れる日々で、何かを失い、なにかを手に入れたように思えた。
よふかしの日々で、満月の陰りに隠れて生きていた。
妹のことなど、希美のことなど忘れようとして、必死にあがいた。
でも出来なかった。
俺は電信柱にもたれかかって涙を流した。
どうして……。なぜなんだ。
「お兄ちゃん——」
えっ、眞衣の声か?
パーカーのフードを目深にかぶりこちらを窺っている眞衣の姿が見えた。
「眞衣……どうして」
「お兄ちゃんのこと、一生懸命探したんだよ。いろんな人に訊いて、怖い人に脅されたりもしたけど……それでも頑張って」
どうしてそこまで……。俺はそう言おうとしたとき眞衣に抱きつかれた。妹は涙を流しながら、「淋しかったんだよ」と言った。
「秋月さんから聞いたよ。お兄ちゃんが私のためにいろんな人の力を借りながら、頑張ってゲームを作ったことも。ほんと、ありがとう」
「そんなの、兄貴だったら当り前だよ。俺はっ、俺がやりたくてやったことなんだから」
お前のために……。たったひとりのかけがえのない妹のために。
「家に帰ろう? 美味しいごはん作るからさ」
自宅に戻ると、眞衣が「座っていてね」と言った。俺は椅子に座って眞衣の料理を作る姿をぼおっと見ていた。
しかしこくん、こくん、とうたたねしてしまう。
「——お兄ちゃん、出来たよ」
俺は目を覚ますと目の前のテーブルにオムライスがあった。ケチャップで「元気出して」と描かれている。
それを俺は一口、食べてみる。甘いピザソースの味がした。それがNextに登場した特製オムライスのようで。すごく泣けてきた。
ああ、俺ずっと泣いてばかりだな。
すると眞衣は笑いかけてきた。
「お兄ちゃん、おいしい?」
「ああ、凄くおいしいよ」
俺はぼろぼろと落涙しながらオムライスをかきこんだ。
甘すぎる味付けのはずなのに、どこか舌に馴染んで離れなかった。