十一月。専門学校の入試のために、俺は勉強をしていた。
すると自宅のインターホンが鳴った。誰が来たのだろうか。
玄関を開けると、秋月が立っていた。
「どう、ゲームは完成した?」
「あっ。そういえば連絡まだだったな。もうすでに完成してあるよ」
「ふーん。で、妹さんはどうしているの?」
「通信制高校に通うために日々、受験勉強中」
秋月は笑ってくれた。「前進しているのね。それだったらよかった」
「だったらこれからは竹達くんって呼ばせてもらうわね」
「ん? どうした急に」
秋月は、俺のしていたネックチョーカーを外した。
「普通の人間として、生きなさい」
俺は苦笑した。「もともと、そのつもりなんだがな」
「でさ、本当に結婚するの? 希美ちゃんと」
「ああ、そのつもりだ」
「……彼女の病気のこと、聞いてないの?」
「病気って、精神病のことか?」
すると彼女は目を伏せて、
「彼女は……」
そして聞かされた大竹の病名に俺は驚かされた。
◇
俺は希美と新宿109でデートしていた。
彼女は黒のライダースジャケットを華麗に着こなし、とても美人だった。
俺は彼女と再会したとき、そんな姿を見て俺は「麗しい」と言うと、「あんたは貴人か」とツッコまれた。
ファッションコーナーで服を見繕っていた。どんな服が彼女に似合うだろうか、と。
すると、彼女は唐突に口元を押さえてトイレへと駆け込んでいった。
そうして帰ってきたとき、彼女は少し暗い目で「良い話と悪い話があるけど、どっちから聞きたい?」と訊ねてきた。
まるでこの世の不幸の詰め合わせのような、そんなふうな顔を見たくなかった。
それは夏至から冬至に移り変わる、そんな淋しさのようなものみたく感じたからだ。
◇
「妊娠してるの。もう三か月」
フードコートの店内で、俺はカフェラテを飲みながらそう言われ、やはりか、と思った。
事前に秋月から聞いていた。希美は妊娠していると。そして……。
「それから私、大腸がんなの」
そうか……俺は黙ってカフェラテをもう一度飲んだ。そうして自分の心が灰色に染まっていくのを体感していた。
「治る見込みはあるのか?」
希美は首を振った。そして悲観的に彼女は、潤んだ目で喋った。
「もう末期なの。実は君が前に家に来たときに隠した薬には、精神薬に大腸がんの薬も混じっていたの」
俺は俯いた。どうしてこんなに不幸なことばかり俺のもとへ訪れるんだろう。
「なあ希美。俺は、どうしたらいいんだろう。絶対にお前を失いたくないんだ」
そうすると俺の手を掴んできた。その手は冷たくて、まるでずっと海の深海に浸っていたような、そんなありえないほどの温度だった。
それがいまの彼女の心境を表していると、俺は感じ取っていた。
ぽたっ、ぽたっ、と俺は涙が零れ始めた。
どうして、どうして希美なんだ。
「もう来週には入院しないといけないの。でも安心して。病気の進行スピードと赤ちゃんの成長の速度は比例しないから。赤ちゃんは出産できる」
「そんなのっ、そんなのっ、あんまりじゃないか」
俺はお前と子供を育てたいんだ。そう言おうと思っても、どこか無責任なような気がして、言えなかった。だからこそ口をつぐむ。そんな俺の動揺など歯牙にもかけず、彼女は席を立った。「ほら、もう帰ろう。家に眞衣ちゃん待っているんでしょ」
「おう……」
俺はふらふらと立ち上がり、歩調を速めている彼女の背を目指した。