朝、目が覚めると、隣に大竹がいた。着物がはだけている彼女の着衣を直してやると、それで彼女は覚醒する。
「おはよう」
「おう」
満面の笑みを彼女は見せる。情事の後の、独特の雰囲気を俺は体感して、どうも居心地が悪い。
彼女は起き上がって、「じゃあね」と言い部屋を去っていった。
俺は浴衣からTシャツに着替えて、大広間へと向かう。
すると煙草を吸っていた水穂。こちらを見てきて、苦笑した。「昨晩は楽しかった?」
「気付いていたんですか?」
「そりゃあ気付くわよ」水穂が白い歯を覗かせる。そこまで可笑しい話だろうか。
「まあ、初めてだったし、新鮮だったな、なんて。キモイですけど」
「人間の三大欲求よ。キモイなんて片づけたらだめ。愛し合う行為なのに」
「……そうっすか」
「大竹さん、幸せそうな顔していたわよ」
そんなこと言われると、照れてしまう。
水穂は煙草を灰皿に潰し、立ちあがった。そして俺の肩を叩いた。
「これで大人ね。だったら、あんたが“本当にすべきこと”は分かるわよね?」
「えっ?」
「妹さんにゲームを作ることは、たしかに大切なことかもしれない。あんたにとって重要なことかもしれない。それでも、かけがえのないことが見えないところに転がっているものよ」
人生の先輩からの警告、と言って笑ってきた水穂。
俺はしばし唖然として、言葉が出なかった。
恋は盲目、というが、俺はもしかしたら
帰りの新幹線の中で、俺は膝にPCを置いて、企画書を書いていた。今回のゲーム賞はA4用紙三枚分の企画書いわんプロットを、PDF化してデータを送らないといけないのだ。
その作業を黙々と行っていると、隣から大竹が覗き込んできた。
「それ、なに?」
「ゲームの企画書。前にもらった秋月のプロットをベースに書いてる。これが結構骨が折れてさ」
「ふーん」
すると大竹はバッグの中から、駅のキヨスクで購入した牛タン弁当を取りだし、食べ始めた。そしたらこちらを窺ってきて、「一口食べる?」と聞いてきた。俺は「ありがとう、もらうよ」と言って口を開けた。そこにあーん、と牛タンを食べさしてもらう。咀嚼するたびに神戸牛の味わい深い弾力を堪能する。美味い。
「ねえ、十月に入ったらさ、夏祭りに行こうよ」
「祭り?」
するとスマホを触り始めて、「横須賀花火大会」の記事を見せてきた。
「打ち上げ花火、見に行きたいんだ」
「分かった。なんとか、時間作る……。それと、一個だけ頼み事してもいいか?」
「なに?」
「勉強会、しないか」
「……気持ちが変わったの?」
俺は頷いた。「プログラミング系の専門学校に行こうと思っている」
「それはどうして?」
「君のことが、好きすぎるから、かな。君との将来を真面目に考えたいんだ」
俺は精一杯の口説き文句を言ってみた。それを聞いた彼女は俯いて、「うん」と言った。
「俺の将来の夢はビジュアルアーツに入社することだ。ビジュアルアーツの本社は上場企業だから厳しいとは思うけど、それでも挑戦してみたいんだ」
俺は、今まで妹のことを理由にして自分の将来から逃げていた。
だって、将来と向き合うのは恐いから。
目の前のことに没頭していれば、それすなわち下を向いていたら変化なんて訪れないから。
人間は変化に恐れる生き物だ。しかしかの有名なチャールズ・ダーウィンは云った。
最も強い者が生き残るのではない。
最も賢い者が生き延びるでもない。
唯一生き残るのは、変化できる者である、と。
すると大竹は笑みを見せた。
「その考え方、好きだよ」
そう言って、俺の太ももに手を置いてきた。
「だったら、俊くんがビジュアルアーツに入社できたら、結婚しようよ」
「ああ。それは嬉しい」
「ワンコ君には前にタマなしとか、度胸なしとか言ったけど、違ったね」
「評価が上がったらのなら、なによりだよ」
俺は大竹の頭を撫でた。
「えへへ、嬉しいな」
「そこーデレデレ、イチャイチャしない!」
通路を挟んで横の席に座っている秋月が、なぜか上気した顔でそう言ってくる。その理由はすぐに分かった。彼女はビールを飲んでいたのだ。つまりは酔っぱらっている。
「私、略奪愛に燃えるんだ」
と、とんでもない発言をした秋月。
「残念でしたあ。俊くんは私にぞっこんなのです!」
「偉そうに言うんじゃないわよ。このバッカ」
また再燃したキャットファイトに俺はやれやれと思いながら、企画書の制作を再開した。