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第18話 丸源ラーメン

 そして夏休みが始まった。俺はひたすらにデバックを構築しまくった。ポイントや論点を整理しながら、プログラミングしていく。

 そんなことをしながら、約二時間。俺は嘆息を吐き、疲労感を感じていた。でも、大きな達成感がある。もう半分ほどデバックは完成している。キャラの立ち絵や表示される文章、そして音楽。俺は、Nextが行った当時二〇〇〇年代初頭のPCゲームにはめずらしかったオープニング方式を、現代風にリスペクトオマージュした。

 はあ……。

 俺は小腹がすいたので、コンビニに行くことにした。

 部屋から出て、靴を履き替える。そして玄関を出た。

 歩いていると肩を叩かれた。振り返ると、水穂が立っていた。


「今からラーメンに行くけど、一緒に行く?」

「いや……それは……」

「行くわよね?」


 まるで女豹のように睨みつけてくる。いや、まじビビりだよ。


「分かったよ。行くよ」

「丸源ラーメンよ。覚悟しなさい」


 俺は、おっかしいな、と小首を傾げる。丸源ラーメンのどこが覚悟しないといけないのだろう。もう一度思う。おっかしいな。


「でさ、音楽はどう?」

「すっごいびたはまりしているから。まじで整合性ぴったり」

「あの子のストーリーが面白いからよ。絵も可愛いし。それのおかげ」

「なんか、意外すっね」

「失礼ね。私が他人のことを褒めるのが意外って言うの?」

「そうです」


 ぐにゃり。俺の足が踏まれた。痛っ、と漏らす。


「あんたって本当に失礼ね」

「失礼は誉め言葉ですか?」

「唐突なラノベタイトル構文はやめなさい」


 ずばっと、突っ込まれた。俺は苦笑する。


「小泉構文よりかはましでしょ」

「メタ的発言もやめなさい」

「ごめん。なに言ってるかわかんない」

「わかんなくてもいいわよ。ほら、あそこの国道沿いにタクシー停めてるから」


 俺たちはタクシーに乗り込み、「近くの丸源ラーメンまで」と言った。


「お兄さんたち、デートですか?」


 運転手のおじさんがそう聞いてくる。俺は否定しようとしたとき、彼女は手でそれを制して、「そうなんですよお」と言った。俺は目で、なぜだと疑問を訴える。


「だってそのほうが面白いじゃない。話、合わせなさいよ」


 なんだよ。この女。腹が立つなあ。


「初めての彼氏とのデートなんですけど、すっごく楽しみなんですよお」

「それでラーメンを選ぶの? ニンニク臭くなってキス出来ないんじゃないの」

「ははっ」水穂が苦笑する。小声で、誰がこのイモとキスすんのよ、と聞こえた気がしたが気のせいだろう。気のせいだと思いたい。

 運転手との会話が途切れ、水穂はスマホをいじりだした。俺もスマホを触る。


「あれえ、もう倦怠期なの? ふたりとも?」運転手がそう笑いかけてきた。水穂はそれに、「Z世代のデートって、彼氏とスマホとWデートが基本なんですよ」と冗談とも本気ともどっちつかずなことを言って、運転手を困らせた。

 そして丸源ラーメンに着いた。すると彼女が俺に指差してきた。運賃を払えってことだろうか。なんと横暴なのだろう。でも仕方ない。

 一万三千円を支払い、タクシーから降りた。そして、丸源ラーメンの多くの列を見て愕然とした。今の時刻は昼の三時だ。もう昼時のピークは過ぎ去っているはずなのに。


 水穂と列に並んだ。すると彼女はスマホをいじりながら、「あんた、DTMってどう思う?」と訊ねてきた。

「DTMって、あの初音ミクみたいな、パソコン上で制作する音楽技法のことか?」

「私、初音ミクって嫌いなのよ。あの、機械的な声がね」

「でも、あれのおかげで音楽表現は革新的になった。DTMを作った、クリエイターが音楽業界に累進的な活躍を見せるようになった。そのおかげで、『歌い手』という立場が確立された。まあ、水穂さんみたいなクラシック畑だったら、その嫌悪感も分かりますけど」

「でもね、今作、あんたのゲームには、ちょっと屈辱的だけどDTMを用いらせてもらった。コード進行だけね。それだけでも、ゲームのフットワークの軽さは出るんじゃないのかな、って」

「あのさあ」

 俺は喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込んだ。

「なによ」

「いや、なんでも」

「なによ、はっきりしないわね。正直に言ってみなさいよ」

「ゲームだからって嫌なDTMを使ったとか、そうしたのはフットワークを軽くさせるためだとか、って。ほんと、ゲーム音楽を舐めるのもいい加減にしてください」

「……ッ」


 列が動いた。俺たちは食券を購入して、それを店員に渡す。


「あなた、そんなにゲームのことが好きなの」

「妹との、架け橋なんで」

「妹?」


「ああ。まだ話してはいませんでしたね。妹は引きこもりなんです。こんなこと言うとシスコンとか言われるかもしれませんけど、妹はかなりの美女で、でもその場合、学校での立ち回りって引くのを求められるじゃないですか。『空気』を読みながら『遠慮』して動いていくと、だんだんと心が擦り減っていって……」


「厳しいことを言うようだけど、それはその子の心が弱いだけよ」


「は?」俺は厳しい目で水穂を睨みつける。こいつ、なに言ってるんだ。


「例えばね、音楽界は縦社会だし、それに才能が実直に評価される世界なのよ。しかし才能がなくても、親が裕福な家庭だったら英才教育を幼いころから施せるしね。そのせいでそこそこ弾けるピアニストなんてものが生まれるのよ。以前、あの憎たらしい絵師が言っていたことも、当たっていると言えば当たっているの。才能がある奴なんてごろごろいるし、金さえかければある程度は上手くなるしね。だからこそ、自分の立ち位置を常に持っておかないといけない。表現の世界で生きるやつは、そういう側面を十分に理解しておかないと、自分の身を削ることになる」



 どうぞ、と丸源ラーメンのとんこつが運ばれてくる。それをずずっと水穂は麺を啜った。咀嚼しながら、「理解できそう?」と問うてきた。

 俺は頷いた。そして、俺も麺を啜り、スープを飲んだ。とてもまったりしているスープだ。


「つまりね、才色兼備も自分の才能じゃない。それを認知したうえで行動しないと、そりゃあ鼻につくわよね、って話」


 俺は確かにな、と思った。


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