キャラクター実像をテクスチャとしてプログラミングし、キャラクターを動かす順番も設計する。
すると連絡が掛かってきた。橘からだ。
「はい、もしもし」
「お前が前に言っていたゲーム音楽、姉貴に頼んだらやってもらえるって」
「えっ、まじで」
「今から言う喫茶店に行けよな。気を引き締めてな」
「……分かった。すぐに行く」
青色のスーツベストと、ジャケットを羽織って、部屋から出る。
新宿の某所、喫茶店で屋外テラス席にウォークマンを聞いていた女性がいた。まるでその女性だけ世界から孤立しているみたく、まるでそう見えた。女性は指をテーブルに叩きながら、リズムを刻んでいる。その規則的なリズムだけを見ればわかる、彼女が長らく音楽の世界にどっぷりと沼っていることを。
「あなたが、橘水穂さんですね」
情熱的な目をこちらに向けてくる。そして片方だけイヤホンを外して、こくん、と頷く。
俺はボディバッグを地面に置いて、PCを取り出し、水穂と対峙した。
青のインナーカラーが入った、一目見て分かる、お洒落な女性だった。
「今回は、ゲーム音楽に協力してもらえるというわけで、いったい、どのようなものを」
「抒情的な歌詞や曲調を想像しているわ。今回のゲームの舞台が夏だって聞いたから、SUMMERやひぐらしのYOUなどをベースにした、ものね。ジャスラックにぎりぎり引っかからない程度に……」
そうだ。今作の「ANSER」は舞台が夏の和歌山県だ。海水浴での水着イベントや、花火祭りなどをゲーム中に盛りこむことを企画している。
「それは楽しみです」
すると真っ直ぐ俺のことを見つめてきた、水穂。
「で、報酬は?」
「え?」
「まさか。クラシックの音楽大会で長年優勝している、天才音楽家を捕まえて無報酬だなんて言うんじゃないわよね」
俺は言葉を失った。「ですが……しょせん同人なので……」と苦し紛れに言っても、水穂は満足しないだろう。
「少し、考えさせてください……」
「時間は有限よ。私だって暇じゃないんだから」
そう言って再びイヤホンをして、席を立った水穂。
最後に冷ややかな目線を残して、「ゲームなんて、しょせん遊びなんだから」と嫌味を言った。
プツ、プツと雨が降ってきた。
俺は呆然としてしまっていたので、雨に打たれても動けなかった。店員から「濡れますので」と言われたのでようやっと動けた。
雨に打たれながら歩く。どうしよう。どうしよう。
自宅に戻ってネットバンキングを調べた。
預金残高、八万七千円。
これじゃあきっと足りないだろうなあ。
俺は埒があかなくなって、橘に連絡を掛けた。
「はい、もしもし。なんだよ」
「お前の姉ちゃん、すごい人だな」
「それ、いい意味なのか、悪い意味なのか、どっちだ?」
「いい意味でプロ意識が高い。悪い意味でプライドが高い。すっげー人だよ」
ははっ、と半笑いを橘がした。
「そりゃあ面白い感想だな」
「面白がってないで何とかしてくれ」
「俺が裏から糸引くのは簡単だ。でも、お前が自分のために作るゲームに、俺はあまり介入はするべきじゃないと思っている」
そうか。彼なりにも、俺のゲーム制作について考えてくれて、完璧な形でゲームが完成されることを誰よりも期待してくれているんだ。
「そっか」
「でも、姉貴には重々言っておく。あんまり俺の親友をいじめんなんってな」
くすっと俺は笑ってしまう。それはありがとよ。
「じゃあな」
通話が切れた。俺は息をついて、ゲーミングチェアにもたれかかった。
「お金以外で、彼女の気を引く方法。それを考えないとな」
すると長雨に振られたせいで、眠気が訪れた。
俺は瞼を閉じて、眠った。