目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第16話 音楽家としてのプライド

 キャラクター実像をテクスチャとしてプログラミングし、キャラクターを動かす順番も設計する。

 すると連絡が掛かってきた。橘からだ。


「はい、もしもし」

「お前が前に言っていたゲーム音楽、姉貴に頼んだらやってもらえるって」

「えっ、まじで」

「今から言う喫茶店に行けよな。気を引き締めてな」

「……分かった。すぐに行く」


 青色のスーツベストと、ジャケットを羽織って、部屋から出る。


 新宿の某所、喫茶店で屋外テラス席にウォークマンを聞いていた女性がいた。まるでその女性だけ世界から孤立しているみたく、まるでそう見えた。女性は指をテーブルに叩きながら、リズムを刻んでいる。その規則的なリズムだけを見ればわかる、彼女が長らく音楽の世界にどっぷりと沼っていることを。


「あなたが、橘水穂さんですね」


 情熱的な目をこちらに向けてくる。そして片方だけイヤホンを外して、こくん、と頷く。

 俺はボディバッグを地面に置いて、PCを取り出し、水穂と対峙した。

 青のインナーカラーが入った、一目見て分かる、お洒落な女性だった。


「今回は、ゲーム音楽に協力してもらえるというわけで、いったい、どのようなものを」

「抒情的な歌詞や曲調を想像しているわ。今回のゲームの舞台が夏だって聞いたから、SUMMERやひぐらしのYOUなどをベースにした、ものね。ジャスラックにぎりぎり引っかからない程度に……」

 そうだ。今作の「ANSER」は舞台が夏の和歌山県だ。海水浴での水着イベントや、花火祭りなどをゲーム中に盛りこむことを企画している。


「それは楽しみです」

 すると真っ直ぐ俺のことを見つめてきた、水穂。


「で、報酬は?」

「え?」

「まさか。クラシックの音楽大会で長年優勝している、天才音楽家を捕まえて無報酬だなんて言うんじゃないわよね」


 俺は言葉を失った。「ですが……しょせん同人なので……」と苦し紛れに言っても、水穂は満足しないだろう。


「少し、考えさせてください……」

「時間は有限よ。私だって暇じゃないんだから」


 そう言って再びイヤホンをして、席を立った水穂。

 最後に冷ややかな目線を残して、「ゲームなんて、しょせん遊びなんだから」と嫌味を言った。

 プツ、プツと雨が降ってきた。

 俺は呆然としてしまっていたので、雨に打たれても動けなかった。店員から「濡れますので」と言われたのでようやっと動けた。

 雨に打たれながら歩く。どうしよう。どうしよう。


 自宅に戻ってネットバンキングを調べた。

 預金残高、八万七千円。

 これじゃあきっと足りないだろうなあ。

 俺は埒があかなくなって、橘に連絡を掛けた。


「はい、もしもし。なんだよ」

「お前の姉ちゃん、すごい人だな」

「それ、いい意味なのか、悪い意味なのか、どっちだ?」

「いい意味でプロ意識が高い。悪い意味でプライドが高い。すっげー人だよ」


 ははっ、と半笑いを橘がした。


「そりゃあ面白い感想だな」

「面白がってないで何とかしてくれ」

「俺が裏から糸引くのは簡単だ。でも、お前が自分のために作るゲームに、俺はあまり介入はするべきじゃないと思っている」


 そうか。彼なりにも、俺のゲーム制作について考えてくれて、完璧な形でゲームが完成されることを誰よりも期待してくれているんだ。


「そっか」

「でも、姉貴には重々言っておく。あんまり俺の親友をいじめんなんってな」


 くすっと俺は笑ってしまう。それはありがとよ。


「じゃあな」


 通話が切れた。俺は息をついて、ゲーミングチェアにもたれかかった。


「お金以外で、彼女の気を引く方法。それを考えないとな」


 すると長雨に振られたせいで、眠気が訪れた。

 俺は瞼を閉じて、眠った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?