「お前ってさあ、馬鹿なの? 死ぬの?」
「なんでその二つしかないんだ」
俺は、橘と談笑しながら帰宅していた。
「この青春野郎が。ゲームも作って、女も作って、友人もいて、最高だな」
「ああ、最高だ」
「嫌味だったんだけどな」
俺は彼の肩を小突いた。「嫌味なんか言うなよ」
「痛えよ。ふざけんな、ぼこぼこにすっぞ」
「おいおい、ジャンプの有名漫画の脅し文句はやめてくれよお」
「まあいいけどさ。今度、彼女に会わせてくれよ」
「ああ。いいぜ。ちょっとメンがヘラってる恋人だけどな」
「可愛いじゃないか」
「そうだろう」
俺は思わずニヤニヤしてしまう。それを見た橘が気色悪そうな顔を見せる。
「きもっ」
「おい、さっきから暴言がすぎないか」
実はここは電車の車内だったんだが、女子高生がときおりこちらを指差しながら笑い合っている。幸せなのはなによりだ。
「絶対、女子高生が笑い合っているのは、お前を馬鹿にしているからな」
「おい、思考に入ってくるな」
どんなマンティス野郎だよ。怖いなあ。
「俺にかかればどのような思考にもダイブできるんだぜ。この第三の目があればな」
「はいはい。すごいすごい」
「お前なあ。まともに取り合えよ」
すると俺の最寄り駅に近付いたことを告げる車内アナウンスが鳴る。
「そういえば、昨日、眞衣と出会っちゃってさ。たぶんあいつはトイレに行こうとしていたんだろうけど、ばったりさ」
「ふーん。それきっかけで、もう普通に会話が出来るようになったりな」
「だと、いいんだけどな」
最寄り駅に着いた。俺は彼に別れを告げて、自宅マンションへと目指す。
自宅に着いたら、俺は速攻で自室に籠り、PCを開いた、その瞬間だった——。
ノックが鳴ったのは。
「はい、ってか、勝手に入れよ母さん——」
「お兄ちゃん。入ってもいい?」
「は?」
「駄目なの……」声がこわばり始めたのを感じ取った。
「一体どうしたんだ?」眞衣の緊張を和らげるため、俺は声を落として安心させようとした。
でも意味が分からなかった。一年近く引きこもっていた眞衣が俺の部屋へ訪れようとするだなんて。
「お兄ちゃんが、私のためにゲームを作ってくれているって知ってから、いつかは会わないといけないと思ってた」
「そうなのか」
「ねえ、そろそろお父さんが帰ってきちゃうから」
「ああ、入れよ」
眞衣が部屋の中に入ってくる。
彼女の体をじろじろと見ていると、眞衣が眉を吊り上げてくる。「なに?」
「いや、お前の目的はなんだろうってな」
「目的がないと兄妹で会っちゃあだめなの?」
「いや、駄目ってことは無いけど……、不思議だなあと思って」
「不思議?」眞衣は小首をかしげる。そのしぐさは、俺の好きなしぐさだった。本当は分かっているくせに、とぼけるようなしぐさ。
「こうして一年近く会ってないと、まるで他人だなって」
すると眞衣の目が曇った。「どうしてそんなひどいこと言うの?」
「ああ、ごめんごめん」
「私、お兄ちゃんと家族だよ」
「ああ、そうだな。なあ、大丈夫か?」
「なにが?」
「その、心の傷とか……」
すると眞衣は何かを言いかけて、でもけっきょく、何も言わなかった。そして部屋を出ていった。
「何だったんだ。一体……」
俺は嘆息をついて、ゲーミングチェアに座った。
そして今日もPC上でプログラミングをする。文字入力をしていても、眞衣のことが頭から離れない。何だよ、あいつ。