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第12話 痛々しい少女

 帰路の電車の中で俺は腕を組んで黙考していた。


「ねえ、竹達くん」

「ん?」

「あとで私の家に寄っていく?」

「はあ⁉」


 そんなことを言い出したのは大竹だった。彼女はしぃと唇に指をあて、静かにするように指示してくる。彼女の横では秋月が呑気に眠っているのだ。


「そもそも、なんで?」

「今日、本物のプロを見たような気がする。自分の創作物のためなら、性別なんて超越して、上司にも食って掛かるような、そんな本物を」

「あんまり大田先生の生き方はおすすめしない。結局はファンを騙していることに違いはないんだからな。もしバレれば炎上必至ルートだよ」


 大竹は下唇を噛んだ。「そうだよね。でも、だからこそ君にも教えてほしい」そう言って俺を上目遣いに見つめてきた。上気した顔が、どこか艶っぽくて、色っぽくて、彼女から初めて女性を感じた。俺の頬を触ろうとしてきたのでその手首を反射的に握る。「どうした? いったい」


「自分に自信がなくなって……」


 俺はため息を吐いた。「全員が全員、女を使えばホイホイついていくと思ったら大違いだぞ。いいか、ギブアンドテイクだ。俺もプロというものが分からない。お前もそれが分からなくなっている。お互いに見つけ合うために、俺はお前の家に行く」


 彼女は笑みを零した。「ありがとう」そんな表情を見て、全部策略済みか、と自戒する。


 車内に秋月を残して、俺たちはホームへ降りた。


 ◇


 彼女の家はアパートの一室だった。机に転がっていた精神薬を拾って、彼女は箪笥の中に隠した。

 メンヘラちゃんな家だった。地雷系ファッションの服が転がっていて、こんな服も着るんだなとか思ったり、トー横キッズみたいな危険性をはらんでいるような、そんな感じだった。ひとえに言えば。


「適当にくつろいで」そう言われて座るとちょうど視線の先にゴミ箱の中が見えて、ティッシュに包まれた血痕が覗いた。


「お前って、苦労しているんだな」

「まあね。プロになれれば楽になるのに、なんて幾億回思ったわよ。それでも自分には才能がないから、こういう愚直な方法しか知らないから、私はしがみつくのよ」

「そりゃあ、アイデンティティも見失うわな。どうも、お前はアーティスティックな一面が見え隠れしている。リスカも、愛撫も、根源は同じだが派生は違うのと同じで、最終的な行きつく先も違う」

「説教しに来たの? 違うでしょ」大竹は半笑いした。


 俺は大竹の頭を触ろうとした。すると、彼女はビクッ、と反射的に手を払いのけようとした。俺は大丈夫だから、と諭しながら彼女を撫でた。


「なにが目的?」

「どうも俺はヘタレらしい。今でさえ胸の鼓動が鳴りやまないんだ。でも、君という存在に興味が湧いてきたよ」

「この童貞」

「勝手に言えよ」


 彼女は急にすすり泣き始めた。俺は彼女を抱きしめる力を持ってはいなかった。その資格なんて持ち合わせてはいない、というわけだ。


 ◇


 彼女と朝まで映画を見た。何も彼女に期待することなく。童貞の俺は何も捧げることもなく。

「なにか、掴めたような気がする……」

「なにを?」


 彼女は笑って見せた。「普遍的な、イメージっていうのかな。もう私、立ち止まっていたら駄目な気がする」


「そこまで回復できれば十分だな」


 俺も笑顔を見せて、「俺も、お前らに協力をお願いすることに躊躇いを持たなくなったよ」と喋って、「だから、俺がいつかめそめそうじうじしていたら、背中を叩いてくれ」と立ちあがった。


 彼女の家から出た。階段を下りて、彼女の家を見上げた。


「頑張れよ。夢見る少女。それは違うか……」



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