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第7話

 スズカに連れ出された町は、にぎやかな場所だった。自動車と彼らが呼ぶ乗り物で移動した時は、外の音が入ってこなかったから気づかなかったが、自動車の音、どこからか聞こえる人や動物の声など、様々な音が飛び交っている。


「目的地まではちょっと距離があるんですけどね。歩いた方が道の雰囲気がわかるかなって」


 横を歩きながらスズカはそんな事を言う。


「ありがとう。賑やかな街だから、退屈はしなさそうね」


 音だけではない、色も鮮やかだ。様々な色で描かれた看板があちこちで目に入る。その多くは店や企業のものだと言うが、まず覚えなければならないのは、信号機と呼ばれる3色だろう。赤、青、黄色の点滅順で自動車と人の往来を管理するものらしいので、見誤れば接触で怪我をしかねない。


 あの早さはやはり私の世界の馬に匹敵する速度、その上金属製と言うことで強度も高い事から当たりどころが悪ければ軽いケガでは済まないだろう。


「覚えることも、やはり沢山ありそうだし」


 見るほどに、歩くほどに、知らないことばかりで嫌になる。肩を落とすとスズカは曖昧な笑顔を浮かべて私に視線を向けた。


「なに」


 短く問うと、スズカは言葉を選ぶように何度か首をひねる。


「無責任かもですけど、ちょっとずつ覚えていきましょう。この世界の事、私も楽しく知ってほしいですし」


 楽しく。

 その言い方を受けて私は目を丸くした。その視点は私には全く無いものだったからだ。急ぐ理由など何も無い今の私が、何に対して焦る必要があったのか。そう思うと不思議と肩の力が抜けたような気がした。


「そう、そうね。ありがとう」


 くすぐったいような気持ちを受け入れながら答える。前を歩くスズカに追いつくように歩みを進め、改めて目的地に向かう。


 区役所、というその場所はこの世界における行政施設のひとつ、らしい。セイバーズの一員としてこの世界に生きる事になった私だが、セイバーズは民間組織という区分であり、この世界で生きる事を正式に登録するためには公的機関と呼ばれる集団に登録をする必要があるという。


「こっちですよ」


 街の賑わいの中にあるひときわ大きく、清潔感のある建物が区役所だ。広い内部はあちこちに案内板のようなものが設置されているが、この世界の文字が読めない私には意味をなさず、スズカに手を引かれるままキョロキョロしながら歩く事しかできない。


「色んな人がいるのね」


 人、とくくって良いのかはわからないが、区役所の中は様々な種類の生き物が歩いている。


 表皮が岩のような物に覆われているもの、極端に細長いもの、頭頂部に獣のような耳を持つもの、ざっと視界に入っただけでも多種多様な姿が見える。


 人間が多く住む世界だと思っていたが必ずしもそうではないらしい。


「このあたりは、異世界から来る人が多いんです」


 スズカの答えは随分と括りが大きいように感じた。異世界、ここでは無い世界と言うなら私の世界の事を指すのだろう。ならば私の世界から来る人という方がしっくりくるように思う。


 かと言って私の世界で別の世界へ行ったという者が多くいるというのも聞いたことがない。


 言葉に出さずとも、私の疑問を察したのか、スズカは目的の窓口への番号札を受け取りながら教えてくれた。


「この世界、昔に色々ありまして。沢山の世界と繋がりやすくなってしまったんですよ。だからセイバーズみたいな組織や、これから行く役所の異世界課みたいな場所ができちゃったんですよね」


 色々。


「私も歴史とかはあまり詳しく無いんで、うまく説明できないんですけどね」


 恥ずかしながら、と笑うスズカに、深く追求する事は諦めた。どうやらこの世界は複雑な世界であるらしいという事が分かっただけでも十分としよう。


 椅子に座ってしばし雑談。

 沢山の人が代わる代わる窓口で担当者らしい人と何かしらのやり取りをしては離れていくのを眺める。


「結構待つのね」

「住民登録や生活相談、トラブル相談まで、ここの仕事は多いので」


 沢山の仕事を捌いているらしい窓口職員はどれも疲労の色が見え隠れしているような気がする。大変そうだ。


「帰りに何か食べて帰りましょう。近所においしいお店があるんですよ」


 小腹が減るくらい手続きに時間がかかるらしい。

 雑談で気分が紛れるとは言え、できれば早くして欲しい。



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