採用面接、とでも言うべきか。
セイバーズという組織との話し合いはそれほど時間を使わなかった。サーチスという仲介役がいてくれた事も大きいのかも知れない。
当然ながら元の世界では人間と敵対的な関係にあったという事は伏せ、この世界で雪姫と名乗る事にした私は、戦乱の世界から父の手によってこの世界に逃がされた、とある貴族の娘と言うことになった。
嘘ではないが多分に説明不足を感じる物言いは、どうにもむず痒く感じるが、それも仕方ない。何より、そのどうにも哀れっぽい状況説明にセイバーズという組織の人々は納得し、多少とも感情を動かしてくれたようだから良しとしよう。
そのセイバーズの人々は、私に部屋の1つを貸してくれる事となり、この世界で生きるにあたって補助役もつけてくれた。食事もつくと言うから随分な厚遇と言って良い。
「困ったな」
与えられた個室で頭を掻く。
まだ何も無い部屋に困った訳では無い。衣服や日用品、家財道具に関しては、この後補助役と一緒に諸々の手続きついでに見繕いに行く予定だ。
困っているのはそういう日常的な事ではなく、仕事のことだ。衣食住を見てくれて、生活の補助までしてくれるという優しすぎる扱いには当然ながら代償を伴う。
戦乱の世界を生きていたという経験、そして親譲りの魔法の力、それをセイバーズに貸すという仕事だ。これもサーチスという同郷のものが前もって積んでくれた経験と、サーチスが魔王の娘という身分を隠しつつ、魔王たる父がいかに強い力を持ち、娘である私にもその強い力が受け継がれているという話を必要十分以上に大きく伝えてくれたせいでもある。
その伝え方は大仰で、話の途中で何度止めようと思ったか覚えていないほどだ。度々目線が合ったから、私の気持ちは通じたと信じたいが、結果的には何も伝わっていないと判断するしか無い。
「どうしよう。戦った事なんて、無いのに」
父が魔王、は事実だ。
生まれた世界が戦乱の時代、というのも事実だ。
父の力を受け継いでいる、これも事実だ。
だが残念ながら、末娘である私は、年若いという理由で城の奥で静かに暮らしていた、というのが本当のところである。
もちろん、座学や実技として戦の訓練は経験したが、最前線に立って剣を振るい、魔法を放った事など一度もない。
だから何度も思い出すが、魔王の娘というだけで命を奪われる事には強い不満を未だに持つし、怒りや悔しさが今後も消えることは無いだろうが、今はそれは良い、置いておこう。
過ぎたことよりも、恐らく過大評価されている現状をいかにくぐり抜けるかだ。
部屋の中をぐるぐると徘徊したところで事態が解決するはずもないが、奇行のひとつもしなければ落ち着かない。
「失礼します」
「はい」
奇行を中断して開いた扉に顔を向ける。油断した。もう補助役が来てくれる時間だったのか。奇行を見られていなければ良いが、最初の印象が変り者という扱いでは私としても少々困る。
「雪姫さんの補助に着くことになりました。スズカです」
入ってきた長い黒髪の女性はそう名乗った。
人間の事は良く知らないが、どことなく温厚そうな雰囲気を持つスズカは、私にまっすぐ近づくと、よろしくお願いしますと私の手を握る。
握手、という友好関係を表す行為である事も併せて教わった。教えられて改めて見も知らぬ世界へ来たことを自覚する。言葉は翻訳機によって模倣できても動作までは模倣できない。体で覚えるしかないのだ。ここでは今までの生活で得た私の世界の習慣や行動様式の殆が通用しないのだ。
「どうかしました?」
不安が表情に出てしまったのだろう。スズカが私の顔を心配そうに見ている。
「なんでもないわ。この世界で生きるのも大変そうだと思っただけ」
漏れた本音に対してスズカは私の手をより強く握った。軽い痛みを感じるほどの力に驚く私に彼女は力強い表情を向けてくる。
「最初は不安ですよね。大丈夫、一緒に頑張りましょう」
自信たっぷり、そう表現出来る物言いは自然と私を落ち着かせた。
真っ直ぐな性分の人間らしい、それが私が彼女に抱いた最初の印象だった。