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第2話

「う、く」


 瞼を照らす柔らかな光で目を覚ます。横たわる私の体を撫ぜる風が少し冷たい。


 全身を覆うような倦怠感は、もう少しここに寝そべっていたいと訴えかけてくるが、寝過ぎたように呆けていた頭が冴えていく毎にそれどころでは無いということを思い出す。


 状態を起こして、腹を撫でる。

 人間の剣によって貫かれたはずの腹に傷口は無く、痛みも感じない。かと言ってあれが夢や錯覚ではないということは、穴の空いた衣服のおかげで理解できた。


「いったい、何が」


 思い出そうとしても考えが回らない。そもそも崩壊しつつある城の廊下にいたはずの私が屋外で寝そべっていたことからして不可解な移動と治癒が行われたということだろう。


 どれだけ眠っていたのかもわからないし、ここがどこかもわからない。地面に座って不安を露わにした顔でキョロキョロとまわりを見る私は、誰がどう見ても迷子そのものだ。


 青い空と緑の大地、遠くには山の姿が見える。城の外にあまり出た事がない私にとっては全く未知の場所と言ってもいい。


「城が見えない」


 ぐるりと体を回して周囲を見たけれど、城の影1つ見つけることができなかった。改めて城の全景を見た回数は少ないけれど、数万の巨大な怪物が徘徊しても十分余裕がある広さと高さを持つ建造物が全く視界に映らないと言うことは、ここが城から随分離れた場所だという事を示していると思う。


 途方に暮れる。

 アレから城の皆はどうなったのだろう。戦いの事、これからの事を考えると、不安と焦燥が込み上げてくる。


 半ば無意識に、胸元を飾るペンダントを握る。装飾の少ない、年若い娘にはシンプル過ぎる風すらあるペンダントは父からの贈り物だ。


 魔王という異名の通り国を統べ、怪物を従えて人間との戦いを続けた父は、確かに厳しく、時として血を分けた親子の間柄でさえ非情であった。


 その彼が、とても強い人間の一団が踏み込んでくるとしれてすぐに贈ってくれた品。触れてみると懐かしさのような気持ちが込み上げてくる。


「あ」


 指の腹で転がしたペンダントが輝く。陽光が跳ねたものでは無い。ペンダントの内から溢れ出した光が私の目の前で像を結ぶ。


 父の姿だ。掌に乗るほどに縮小された父の姿が私の眼前に立っている。


「我が子よ。この魔法が作動したという事は、私は人間に敗北したのだろう」


 お父様、と呼びかけて止める。

 父と会話ができているわけではない。これはペンダントに記録された映像と音声を再生しているだけだと気付いたからだ。


 映像の中の父は戦の姿に身を包み、険しい顔で話を続ける。


「本来、敗れた後を考えるなど流儀に反するところではあるが、お前は戦で散るには若い。万一お前が人間の手に掛かるような事があれば転送の魔法が発動するように仕込んでおいた」


 死んだと思っていた私がここに居る理由は、そういうことらしい。傷が塞がっているのも回復の魔法の賜物だろう。


「転送先は人間どもの手が及ばぬ場所として異界を選んだ。しばらく前に調査に送った者の近くに転送されているはずだ。その者と協力し、力を蓄え、我が敵を。いや、城の最奥に住むお前が死んだとなれば既に我らは殲滅されてしまったと考えるべきか。こちらの世界に最早お前を縛るものは無いと言える。お前が望むならその地で好きに生きるのも良いだろう」


 父の言葉はそこで終わり、映像は名残を惜しむように無音の時を置いて霧散した。


「まさか」


 思うことが多すぎて言葉が出ない。父に対する気持ちもあるし、先の事も考えなければならないが、ひとまずは今だ。父が言うには私がいた世界ではない場所らしい。確かに父は数年にわたり異世界との交信を試みて様々な手をうっていたが、こういう事に使うとは思ってもみなかった事だろう。


 そして何より。

 父が言うこの世界に送られた誰かはこの辺りにはいないようだ。というよりここには誰もいない。


 足元を見下ろす。

 まさかとは思うがその誰かは既に死んでいてこの下に埋まっているなどと言う展開があり得るのだろうか。

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