住み慣れた城は、見慣れないほど壊されていた。
従者達に手を引かれ、長い廊下を走り抜ける。ただ真っ直ぐに走るだけだと言うのに、焦りでもつれた脚が、どこから剥がれ落ちたのかわからない瓦礫に取られて進まない。
目の前を走る背中が急に止まる。
何かに驚いたように震えた背中の向こうには、鎧を纏った人間の男が立っていた。
激しい戦いを終えた事を物語るように傷ついた鎧と、いつ折れてしまうかも分からないほどにひび割れた剣。
疲れ切って獣のように乱れた息を吐く顔にはいくつもの血液がこびりついている。
私達の道を塞ぐような幽鬼にも似た立ち姿は一見、私でも打ち倒す事が出来そうなほど弱々しい。
けれど私の前に立つ従者が、私よりも目の前の人間よりもいくらも大きく、強靭な肉体を持つ彼が、怯えに近い感情で止まり、決死の覚悟を思わせる顔付きで人間を睨んでいるのは、目の前に立つ人間が私の父を、魔王と呼ばれ、彼ら人間と長い戦いを繰り広げた大いなる力を持った存在を打ち倒したからに他ならない。
「そこにいるのは、魔王の一族だな」
人間が確かめるように口を開く。壊れかけた玩具の様なぎこちない動きで首を動かす姿は、既に彼にもほとんど力が残っていないようでもあったが、その瞳には仇敵を倒してなお消えない闘志の輝きが宿り、それが私達の歩みを塞いでいる。
「そうだ、このお方は魔王様の末の御息女。だがまだ年若い故に此度の戦いとは無縁。人間の戦士よ、貴様はそれでも尚、このお方に剣を向けるのか」
見逃せ、と従者は言ってくれた。
父たる魔王を倒され、戦いは私達の敗北で幕を降ろした。それで終わりでは無いのかと訴えた。
それを受けて、勇者は笑い声をあげた。
何が面白かったというわけでもない、傷ついた体を震わせ、口から怒りと悔しさをありったけ吐き出すような、悲痛に満ちた叫びに似た笑い声だ。
「貴様らはそう言って救いを乞う人間を何人殺した、いくつの国を滅ぼした。か弱い子供も、武力を持たない小国もあったんだぞ。何が若さだ、無関係だ」
笑いを収め、泣くように腕を振るわせて、切っ先を私に向ける。
「魔王の子というだけで充分だ」
返したい言葉はいくつもある。
従者もそうだろう。唸るように声を漏らし、今にも人間に殴りかからんとしている。
けれど何を言い、何をしたとしても。
目の前に立つ人間にとっては、私という存在は生きていることすら罪なのだろう。
従者が動くよりも早く、その身体が上下に分割される。
噴水のように上がる血潮を潜って勇者が眼前に迫る。半死半生の体のどこにこんな力を残していたのか。そんな事を考える暇すら無いほどに早く、人間の剣が私の腹を貫いた。
痛い、熱い、寒い。
それが私がこの世界で見た最期の光景だった。