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捕食者(三)

 まだいる。賊の数はやはり四人。蹴りから身を起こす流れで裏拳一旋、二人目の頬を砕く。その手にあったボウガンを掠めとる。やじりをこちらに向ける三人目の腕を蹴り上げ、空いた脇腹に矢を撃ち込む。


 驚いて腰の引けた四人目が雄たけびと共にナイフを振るってきたので、手首を返して奪取ディザームし、ボウガンのケツで殴り倒す。


 制圧完了。一人目の被っていたハンチング帽が床に落ちる。


 武装勢力と呼ばれていようが内実は半グレの素人集団。これで街を占拠できたなら指揮官が相当優秀なのだろう。頭目のアロンソにそんな器量があると思えない。


 だとすればパンサ商会のコネクション目当てで集った傭兵の力か。


「こんなもんか。おい、てめえ」


 グレイスは、矢を撃たれて悶絶している賊の髪を掴んで起こす。


「アロンソの野郎は元気にしてるか?」


「お、お前どこの人間だ……」


 苦痛に堪える言葉が返ってくる。おうおうと、グレイスは気を急かさず頷いた。


「生憎だが私は一対一サシでやった相手しか名乗らねえ。サンチョ、見ない内にデカくなったね」


 賊が負傷した腹部を庇う仕草を見せたので、グレイスは矢をつかむ。汗のにじんだ輩は無精ぶしょうひげをぱくぱくさせた。


「俺はやとわれたんだ、元はただの流浪民ジプスだ! 仲間が死んじまってさまよってるのを拾われた。……あぁっ、ヘルバンデスという黒眼鏡グラサンをかけた小柄な男だ! 百人くらいを仕切ってる、ヤベえ奴だ。ここを守れと命令された!」


 知らない名前だ。組織を拡大させた幹部の一人だろう。


「アロンソはどこにいる?」


「知らねえよ、俺達はヘルバンデスさんの指示通りにやってるだけだ!」


 潜伏しているのか。だがヘルバンデスが麾下きか百人を纏めているなら、パンサ商会と繋がりが深いアロンソの名前を使わず武力を保持するのは困難だろう。


 ……この街のどこかに、必ず奴はいるはずだ。


「ヘルバンデスの居所は?」


「知るかよ」


 矢を強くひねった。泣き叫ぶ賊の額を床に打ちすえる。


「聞こえなかったな」


「南東区のどこかだ! 二年前に南門が封鎖されて以来、ヤバい奴らの吹き溜まりだ。だっ第三倉庫群か、デポンズ聖堂かもしれない、俺が言えるのはそれだけだ!」


 唾を飛ばして賊は喚いた。第三倉庫群はキルナの南側を固める守備隊の駐屯所だ。悪党共が巣食うのも頷ける。


 しかし……デポンズ聖堂だと?


 手を離してやると賊は息を荒げて恨めしそうにこちらを睨んだ。


「おい女……お前が誰だが知らないが、パンサ商会に抗わない方が身のためだぜ」


「そうかい。ただこっちにも事情があるんでね」


 言いながらガチ袋に手を突っ込む。情報をくれた代わりに鎮痛剤を打ってやろう。そう思っていると賊は黄色い歯をこちらへ剥いた。


「……そんなお前に、もっと良い事を教えてやるよ」


「ケツ拭き紙より良いの寄越せよ」


「この街じゃ『なんじ隣人りんじんを愛せ』と司教様に習うんだ」


 後頭部に衝撃が走った。


 全身に痺れ。視界が白く明滅する。


 不意の痛みに判断が追い付かぬまま背後に組み付かれる。


 ……スタンガンを当てられたか。


「詰めが甘いな、お嬢ちゃん」


 背後からする声は……クローゼットに押し込んでいた賊か。


 羽交い絞めにされるグレイスを見て、無精髭はあざ笑う。


「仲間ってのは良いもんだよな」


 下卑げびた笑みと脂汗を顔にたたえてグレイスの体を舐め回すように眺めると「ほう」と嬉しそうな声をこぼした。


「よく見りゃ綺麗な顔してるじゃねえか、体つきも悪くない」


「……さわんじゃねえ」


「威勢の良さもそそられる。どうれ、たっぷり愛してやろう」


「くそが……」


 漏れ出す言葉は弱々しい。グレイスは輩に為されるがまま膝を床につかされた。男の汗と垢の臭いが鼻腔びこうを突き刺す。無精髭がグレイスの胸の装具に手を掛けた。


「どうやって外すんだ、これ」


「…………かんな」


「……なんて?」


 小さくつぶやくグレイスに、無精髭が顔を寄せた。


「同じ手に二度もかかんな、馬鹿共が」


 蹴伸び。屈した膝を前方向へ伸展させる。零距離の鼻先にヘッドバッドを発射した。


 ばきゃ、と変な音が上がり、無精髭は鼻から血を噴き出す。組まれた肩のロックも外れる。グレイスは振り向きざまに背後の賊の顎をひじで撃ち抜き、ふわりとその場で下半身を持ち上げる。両足で首を挟み取ると、渾身の力で後転した。


「うるぁッ!!」


 空を切り裂く挟み投げフランケンシュタイナー。自身の腰と賊の頭部が連動した円運動の終点は、床である。室内を破壊しながら投げ飛ばされた賊は頭から家具に突き刺さって沈黙した。


「ちきしょう!」


 鼻血で顔を赤く染めた無精髭がボウガンをこちらに向けた。


「……あれ、あれ?」


 だが声が焦っている。ボウガンの矢が、見当たらないのだ。


「……目利きを誤ったね。私に触れたきゃあんたの血でも安すぎる」


 歩み寄りながら拳の音を響かせる。


「ちょっと待て! 話せばわかる!」


「あぁそうだ、じっくり語り合おうじゃねえか」


「だよな!」


こいつでね」


 この一発に愛を込めて振り抜いた。空中で一回転して賊は吹っ飛ぶ。


「あとさ。私にスタンガンチンケな技は効かないよ」


「どう、して……」


「慣れてっから」


 無精髭は地に沈んだ。ふう、と一息ついてから間遠に言う。


「終わったよ」


 天井にいつの間にか空いてた穴から影法師がひょっこり出てきた。


「気づいてたんだ」


「あんたの盗み、口だけじゃなさそうだ」


「お姉さんの腕っ節ほどじゃないけどね」


 そう言ってマルトは大量の矢束を取り出しにんまり笑った。賊共達に気づかれずにボウガンの矢をすべて抜くとは。軽佻浮薄と見縊みくびっていたが盗みの技術は本物らしい。


「ま、あんたのお陰で最後はラクができたよ、ありがと」


「にひ、どうだい役に立っただろう?」


 倒れた賊の腕章を剥いで何人やったか数えてみる。八枚か。


「なあマルト」


 グレイスはおもむろに少年の名前を口にする。


「あんた私より先に街に入ってたんだろ。ス・ウィン教デポンズ聖堂って今どうなってる?」


 不意に名前を呼ばれた事に固まっていた少年は目を丸くして、こちらを見た。


「大変な事になってるよ。生き残った民間人がサンチョの奴らを相手に立て籠もってる」


 包囲の数は五〇人だとも付け足した。


 ふむ、と籠った息を漏らす。グレイスは人差し指を立てた。


「非武装の市民だろ、力攻めしないのはどうしてと思う?」


 デポンズ聖堂。感情を込めそうになるその場所を淡々とグレイスは問いに混ぜた。


「それは、聖堂は壊しちゃいけない神聖な物だから……?」


「隣人愛を冗談にする連中がそんな敬虔けいけんな思考で動くかい」


「となると、この現状がサンチョの損得に関わるって事?」


さといね、あんたが見聞きした情報から答えを導き出しな」


 マルトは数瞬の間も空けず、グレイスが欲しい言葉を吐いた。


「聖堂内に街の有力者がまだ生きていて、干し殺しの極限状態に追われている。そこまでして奴らに要求されているのは、彼の決断。彼は……発言力を持っているんだ。聖堂に市民を匿えて、その一言が強い影響力を持つ立場なんて、一人しかいない」


 ――司教。


「ここの司教は、王都で影響力を持つ中央教会と蜜月の仲って噂だ。テロル・サンチョは商会拡大のため、デポンズ聖堂を支配下に引き入れたいんだ」


「オーケー、マルト」


 グレイスは、少年の帽子を上から撫でつけ、額同士を擦りつけた。


「今からあんたに強さというのを教えてやろう。合格だ、私を手伝わせてやるよ」


「ほ、ホントかい! オイラ、お姉さんの弟子になれるの!」


「弟子は取らねえ。私が要るのはパートナー、ビジネス相手。だから、これは契約だ」


 グレイスはマルトの前髪を上げて、額に唇を当てがう。少年は身を硬くして目をしばたたかせた。


「これから先、私が欲しけりゃ、私の求める仕事をこなしな。私とあんたは対等だ」


 鋭く尖った犬歯をのぞかせ、その女、グレイスは紫玉色の瞳に精彩を灯した。


「まずは聖堂の五〇人をぶっ潰す……私の事は、グレイスとでも呼んでくれ」

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