賊の数は十人くらいと言ったところか。矢の射角と飛来してくる間隔から射手は五人。それにバディを組ませたら一班単位だ。アトルギアを恐れず、守備隊にさえ勝っちまうほど武力があるなら組織体系が整っているとも推測できる。
グレイスは結論づける。奴らは略奪を愉しむ屑の輩だ。
「打って出る」
手段は隠密。敵の懐に潜り込み一人ずつ片付ける。敵の得物は矢の軌道からしてボウガンだろう。守備隊の軍事拠点を獲っているなら銃器の類は潤沢だろうに、わざわざ弾薬を節約するあたり強かな連中だ。
とはいえ火器を使わぬ戦闘はありがたい。静かに敵を潰せるから。
「ボウズはどこかに隠れてな、得意だろ」
「ふふん、甘く見られちゃ困るよ。
「今もチビだろうがアホガキ」
「マルトだい!」
焚き火の消えた暗夜の底で矢弾の雨は降り止んでいる。グレイスはマルトに向き直り、その唇に人差し指を押し当てた。
「……良いか、私の邪魔はするんじゃねえぞ」
ちょうどその時、雲間から月の光が部屋を照らした。少年は頬を赤くしていたが、ぱっと首を振って
「にっひひ、役立ってみせるさ、オイラに任せなって!」
グレイスは闇に飛び込んだ。そのまま身を撃ち出して隣棟へと疾駆する。
前方から風を裂く音。背後で矢が路面を弾いた。狙われている。しかし女は稲妻を描くように敏捷無比な走りざまで射線に一貫性を持たせない。狙撃手が最も嫌う走り方など心得ていた。
射手は建物二階に固まっている。グレイスは腰を落として力を込めた。瓦礫を足場に蹴り上がり、壁を垂直に駆けのぼる。月下に女の影が舞う。ひらりと鉄柵を飛び越えて身を翻すと二階の窓枠に降り立った。
「見ぃっけた」
ボウガンを構える賊が一名そこにいた。何事かを言いかける男の顎を左の拳で破砕した。グレイスは息を入れつつ部屋を見渡す。敵影はない。今しがた殴り倒した賊の姿をあらためる。腕章が巻かれていた。赤地で白い風車を象っている。パンサ商会のエンブレムである。
(
気を失った賊の顔つきは悪に染まりきらない半端な色をまだ残していた。
その大多数は食うに窮した民間人が身をやつす例である。公儀王都が見放した土地に生きる人間達だ。同情できぬ事はないが暴力に目覚めた者を慮るほど、この世界は優しくない。グレイスは腕章を引き剥がして腰のガチ袋に収めた。
廊下から足音がする。グレイスが物陰に身を潜めると男が二人、入ってきた。気絶している仲間に気づいたらしく一人が駆け寄る。すかさずもう一方の背後に組みつき口の周りを右手で覆った。賊の仲間がこちらを振り向く。グレイスは瞬時に足を払って転倒させた。うつ伏せの賊を首筋から締め上げる。
「良い子だ」
優しい声音で囁くと抵抗する力がふっと抜けた。これで三人。グレイスは右手の内に
部屋を出ると、棟内は綺麗なままであり暮らしの名残りが香った。戦闘がつい最近の物だとわざわざ教えてくれるように不自然な生活感が残されている。住民達が置き去りにした家財や衣服が破れたドア越しに覗く。
視界が不意に白くなった。
「誰だ」
廊下の角で声がした。
呻き声をあげた賊の首元に狩猟刀を当てがい
「安心しな、私は優しい。てめえの仲間は何人だ?」
「お、お前は……」
「仲間の数だよ、教えておくれ」
「……お前、女か?」
「さっさ言えや馬鹿野郎」
張り手一発。
「あ」
しくじった。賊を失神させてしまった。残念な事にグレイスは気が非常に短かった。くそが。舌打ちを連続で五回。
……ならば、と案じる。携行照明を拾い、賊から服を脱がして廊下に散らした。適当な部屋のクローゼットに賊を突っ込み、
――呼び集めりゃあ、話が早えや。
胸いっぱいに息を吸い込んだ。そして……鼻から抜ける甘い声を吐きだした。
うっふーん、あっはーん。吐息を混ぜた嬌声を廊下に向けてばら撒く。グレイスの演じる乙女は建物内にこだまする。すると、階のいたる場所から足音が聞こえてきた。複数である。それらは扉の前で立ち止まる。
「これ、あいつの服だ……」
嬉しそうな声が聞こえた。グレイスはシーツの中で身を低くして、規則的なヘッドバンキングを開始する。扉の開く音。
「おいおい、ズルいじゃねえか」
賊共が入ってきた。足音を数えるに五人か。グレイスは「うっふんあっはん」のヘッドバンキングを激しくする。
「うお、凄いな……」
賊共はその力強さに
「お、俺達も混ぜろよ!」
――シーツが、めくられた。
「んな訳あるか、ボケナスが」
飛び出したのは、コンバットブーツの靴底だった。