斜陽の空に
手遅れだった。キルナ=サイト中心街デポンズ
「クソったれが」
不機嫌なツラした女が、夕陽に向かって唾を吐く。
その女、獣のような気配である。
砂塵を被った髪は茜色、険しい
グレイスは
引き金を絞った瞬間、豪快な発砲音が廃墟の谷間に轟いた。
がぁんらぁんと歪な和音がこだました。女は悠然とした身振りを交えて周囲を見渡す。
「……ようこそ来たな。ジェントルメン。どうだい、キルナの居心地は?」
おもむろに両手を広げて語る先には奇妙な影が居並んでいた。
四体いる。
腕が長くて鋼色をしたヒト型の異形……そいつらの名は
「滅ぼしがいはあったかよ?」
街をこんなにしやがった、クソみてえな
『目標ヲ捕捉。排除ヲ履行シマス』
排熱音と共に無機質な声。アトルギアは両手から鋭利な爪を展開させると、一様に躍りかかった。赤い双眸が夕染めの空で逆光を映し、グレイスの視界は影に呑まれる。
アトルギアとはその昔、兵器として作られた殺戮マシンだ。人間を襲う事に恐怖も躊躇いもない。それが奴らの存在理由だから。
奴らの巻き上げた砂煙で夕陽が隠れる。グレイスの眼前に鉄爪が迫る。
しかし女は、歯を見せた。
大きく身を反らしてアトルギアの爪を透かすとまずは一発、弾丸を最寄りの奴に
「自己紹介が遅れたね」
五〇ミリの砲火を喰らった機械の頭は、根っこ諸共
グレイスは撃鉄をかちりと起こして次の獲物に狙いを定める。
「私はグレイス、どんな時にも、どんな場所でも現れる
三体同時の攻撃。めまぐるしく掻き乱される虚空にグレイスの実像はない。ベディ・ガイから次弾を放つ。アトルギアの胸部に
生き残った一体に、女はただ淡々と言う、
「ご覧の通りな人間なんだが、どうやらあんたと気が合うらしい」
こちらの首を狙った鉄爪が斜陽の光を撒き散らす。
グレイスは銃を腰に仕舞った。
「私も、てめえらをぶっ壊すのが大好きなんだ」
獣のような両眼が、不気味に笑った。
振り落とされた鉄爪に逆巻く風をくれてやる。前に進んで透かしたのである。
口元でやけに尖った犬歯が覗く。右手のナックルを顔面目掛けてショートレンジでぶち込んだ。手に
アトルギアは大きくのけぞり、立ち直ろうとする隙さえグレイスは許して
グレイスは硝煙の中で舞う。戦う事を楽しむように愉悦の
それでも抵抗してくるアトルギアの腕をすり抜け、グレイスはその場で高く跳ぶ。縦軸の回転を入れながら右足を後ろに押し出した。
スピン・キック――振り抜かれた踵は側頭部を叩き割り、機械の首をもぎとった。
どう、と鉄の巨体が地に頽れる。
その体を踏み倒してグレイスは舌なめずる。
「弱えな、お前。さっさと
狩猟刀をガチ袋から抜き払い、胸にずどりと突っ込んだ。
刀身は外骨格の隙間を裂いて火花と黒い油を噴出させた。
アトルギアは激しく痙攣し、数瞬もなく四肢を投げた。
勝利。完膚なきまでの勝利。ひとしきり暴れた女の浅黒い肌には汗の一つも浮かばない。グレイスは、顔を
「口に入った」
頬についた機械油を指で拭うと、鐘がまだ鳴っている事に気づく。暮れなずむ空に霧散していく時報の音色。空虚な響きに、グレイスは何も応じない。
馬鹿みてえだな、と小さくこぼす。崩れた街の中心でグレイスは右の拳を高く掲げた。三つの指をぴんと張り、鐘楼に向けて突きつける。
「…………帰ってきたよ、エーデルさん」
遠のく鐘声が届けてくれると願うように、グレイスは
そんなつもりは微塵もなかった。帰る気なんて、会いたいと思うなんて。
なのに、自分はここにいる……。彼と過ごした、この街に。
地を這う風塵を蹴崩して、廃墟の街へと歩みを進める。物言わぬ瓦礫の山の賑わいとなる機械の遺骸を置き去りに。