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その女、グレイス
その女、グレイス
涼海 風羽(りょうみ ふう)
SFポストアポカリプス
2025年01月13日
公開日
3.7万字
連載中
「汚くたって、生きてやる」

 盗賊として七年やって生きてきた。
 機械の怪物共が滅ぼしちまった、こんな世界で。

 まともに生きている奴が嫌いだ。希望を持ってる奴が嫌いだ。
 夢を持ってる奴が嫌いだ。守られてる奴が嫌いだ。弱い奴が嫌いだ。
 どんなに未来を祈ったところで、どうせクソな暮らしは変わらない。

 拳と火薬。これだけあれば、最強だ。
 どんな奴が敵になっても、どんな絶望が襲ってきても関係ない。
 全員まとめてぶっ倒すだけ。何があっても屈しない。

 汚くたって、生きてやる。これが私の闘いだから。

 極限世界で息衝く人々を描いたSFダークファンタジー『雷音の機械兵』外伝作品。

 ◇◇◇◇◇◇

 ──Notice〔報告〕──

■文庫版はコチラ
https://puuuuusandayo.booth.pm/items/6193737

 本作品は、新日本プロレス・グレート-O-カーン選手よりキャラクター造形およびアクションシーンにおいて、特別な許可をいただき制作しました。

その女、凶暴につき

 遠く斜陽の空にかそけた街が揺れている。くすぶる硝煙しょうえん、おどる砂礫されき。デポンズ広場サークルと呼ばれる憩いの地さえも惨たらしい破壊の跡地と化していた。


 手遅れだった。街の中心部でこの惨状なら、他もどうせ同じだろう。


「クソったれが」


 不機嫌な女が、そこにいた。その女、獣のような気配である。


 茜色の髪は砂塵を被り、紫玉アメジスト色の瞳にはぎらぎらとした光がある。胸の防具とカーゴパンツ。腰には王冠を象った巻き布と何度も繕われたガチ袋。肉付きはシャープで、露出された肌には獰猛どうもうな頑強さが溢れている。


 その女、グレイスは銃嚢ホルスターから銃を抜いた。六連式五〇ミリ口径。銘をベディ・ガイ。図体ナリのデカい逸物で狙うのは街のシンボル、鐘楼しょうろうである。引き金を絞った瞬間、豪快な発砲音が轟いた。


 弾丸だんがん穿孔せんこう。がぁんらぁんと撃ち抜かれた鐘は歪な和音をけたたましく鳴らし、グレイスは満足げに振り返る。


「……ようこそ来たな。ジェントルメン。どうだい、キルナの居心地は?」


 おもむろに両手を広げて語る先には、奇妙な影が居並んでいた。その影は四つ。


 人間ではない。手足が異様に伸びた鋼色の体。真っ赤に灯った双眸が、無機質的にこちらをじいっと見つめている。逆光の中で雁首揃えてやって来たのは、高度知的無機生命体・機械兵アトルギア


「滅ぼしがいはあったかよ?」


 街をこんなにしやがった、クソみてえなだ。


『目標ヲ捕捉。排除シマス』


 不愉快な音声と排熱音を吐き出す。アトルギアは両腕に鉄爪を展開し、一斉に突進を繰り出した。巨体に見合わぬ速度である。赤い両眼の残像が視界におどった。


 グレイスは知っている。奴らの正体は、人類が昔作った戦争のための兵器だと。人間を殺すのが存在理由。世界が滅んだ今でも人間を求めて地上を彷徨う哀れな人形だ。


 奴らは殺しに躊躇がない。鉄爪が女の眼前に迫る。


「……自己紹介が遅れたね」


 しかしグレイスは歯を見せた。身を反らして初撃を透かすと愛銃から弾丸をアトルギアの頭部にち込んだ。五〇ミリの砲火にぜトぶ頭。


あたしの名は、グレイス」


 続けて撃鉄を起こしつつグレイスは喋る。


「どんな時にも」


 残った三体が同時に襲う。計算された殺意の斬撃に休む暇はない。しかし──めまぐるしく掻き乱される虚空にグレイスの実像はなかった。


「どんな場所にも現れる」


 逆巻く風と共にその女が現れた時、アトルギアの群れは背後を銃口に差し出していた。銃火炸裂。閃光の明滅が走ると鋼色の胸部に風穴が穿いた。


「さすらいの風来嬢ふうらいじょうさ」


 グレイスは身を翻して反撃の一旋を流すと、胴装甲の継ぎ目に愛銃ベディ・ガイを押し当てる。嬉しそうな笑顔を浮かべてトリガーを引く。甲高い音が響いて、細い機体が上下にちぎれた。

 アトルギアはあと一体。向かい合ったそいつに向けてグレイスはおどけた調子で肩を竦める。


「ご覧の通りな人間なんだが、どうやらあんたらと気が合うらしい」


 こちらの首を狙った鉄爪が斜陽の反射を撒き散らす。グレイスは銃を腰に仕舞った。


「私も……ぶっ壊すのが大好きなんだ」


 獣のような紫玉の瞳が、色づいた。


 振り落とされた鉄爪に飛び込んだ。有効威力の内側に入ったグレイスの頭上で風を切る音。腕を振り抜き隙だらけの顔面に右のナックルを叩き込む。グレイスの拳には鉄板仕込みの指ぬきグローブ。膂力があれば殺傷力を伴う武器になるが、この一撃が機械相手に通用するのか。


 愚問である。


 アトルギアの頭部を護る面は大きくひしゃげ、長い手足で体勢を保とうと必死に後ずさりする。しかしグレイスは一切間合いを取らせない。ぴったりとくっついたまま巨体のインに入った姿勢でとめどなく拳を突き刺す。頭部を揺らされ続けるアトルギアにできる防御はひどく稚拙なものである。

 アトルギアは銃火器、近接武器との間合いに最適化された戦闘マシン。よもや徒手格闘ステゴロのインファイターからタコ殴りにされるなど設計時より想定されていない。


 愉悦のかおで殺戮マシンをぶちのめす。アトルギアはいよいよ装甲を割り、内部基盤が露出した。必死な抵抗を繰り返す鉄爪を、グレイスは高く跳び越えた。


 錐もみ状に回転しながら跳躍するグレイスは砂塵の中で舞う。視線は獲物を捉えたままで、唇の間からやけに尖った犬歯が覗く。しなる関節。伸びゆく大腿。後ろに向けて右脚を振り抜いた。


 スピン・キック──軍靴コンバットブーツが側頭部を叩き割り、機械の首をもぎとった。


 どうと地に沈む鋼色の鉄人形。グレイスは細かく痙攣する首のもげたアトルギアを踏み倒す。あっけなく果てた獲物に浮かべるのは玩具を壊した小児の色。くれてやるのは、サディスティックな睥睨。


「弱えな、お前。さっさとね」


 ガチ袋から狩猟刀を抜き払い、胸にずどりと突っ込んだ。刀身は外骨格の隙間を裂いて火花と黒い油を噴出させる。アトルギアは激しく手足を動かし、数瞬ももたず四肢を投げた。


 勝利。完膚なきまでの勝利。暴れ尽くした女の浅黒い肌には汗の一つも浮かばない。グレイスは、顔をしかめてまたも唾棄だきした。


「口に入った」


 頬についた機械油を指で拭うと、鐘がまだ鳴っている事に気づく。暮れなずむ空に霧散していく時報の音色。空虚な響きに、グレイスは何も応じない。馬鹿みてえだな、と小さくこぼす。崩れた街の中心でグレイスは、右の拳を高く掲げた。三つの指をぴんと張り、鐘楼に向けて突きつける。


「……帰ってきたよ、エーデルさん」


 遠のく鐘声が届けてくれると願うように、グレイスはひとちる。陽炎に沈む廃墟の街キルナ=サイト。その女、グレイスが生まれた街である。


 帰る気なんて微塵もなかった。大嫌いな街だった。滅んでくれて嬉しいはずの思い出ばかりだった。なのに自分はここにいる。


 帰ってきてしまった。彼と過ごしたこの街に。


 地を這う風塵を蹴崩して、グレイスは廃墟の街へと歩みを進める。物言わぬ瓦礫を賑わす鉄人形の遺骸共を置き去りにして。


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