エレインを連れ、僕とシエルはユーベルの地下に足を運んだ。
「フラッシュ」
僕は、呪文を唱えると、辺り一面暗かった地下には、眩しいくらいの光が差し込んだ。地下に続く道は真っ直ぐで、光を頼りに進んで行くと、地下通路には似合わない、魔法石で出来たガラス張りの扉が、目の前に現れた。
「ここが、貴族たちの溜まり場、か」
ドアの向こうで、高笑いする声や汚い言葉が飛び交っているのが聞こえる。それに、耳に残るような女性の淫らな声。
(気持ち悪いな……)
体が。
心が。
頭が。
全てが、拒絶してしまう。
だが、ここで逃げたら。もし、この場を見逃してしまったのであれば、ユーベルの人々たちや子供らが、今まで通りの暮らしを取り度すことなど、出来やしない。
ましてや、この状況が酷くなってしまうことも……。
「エレイン」
僕は、左横にいる彼女の名前を呼んだ。彼女と出会ったこともまた、何かの縁。世界の真実を知るためにも、彼女の助けも必要不可欠。
「クロイ様。私は覚悟できております。ですので、ここは私にお任せください。勿論、無理は致しませんので」
エレインの黄金の瞳に、迷いは一切見えず、揺るぎない信念と覚悟が感じ取れた。僕は、彼女に任せるとともに、自分だけにしかできないことを、するつもりだ。
「精々、頑張り給え」
僕の手を握っているシエルは、呆れたようにエレインに言うが、エレインはシエルに対し、頭を撫で、ドアを押し開いた。
「失礼します!!」
エレインの声と同時に、貴族らは一斉に目線を向けた。
「な、なんだね!? 君たちは!?」
僕たちが中に入ってきたことに、貴族らは驚き、その場の空気がざわついた。だが、お構いなしにエレインは、話を続けた。
「私はエレインと申します! 単刀直入に申し上げます! このユーベルから自由を奪わないで欲しいのです。現在のユーベルの方々の暮らしをご存じでしょうか?」
「はぁ?」
「食料も底をつき、貴方たちのせいで苦しんでいます。この場にいる女性たちも、ユーベルの住民でしょう。毎日、時も場所関係なく、肉体関係を迫られ、貴族という権力によって、断ることもできずにいます。断れば、命や人権そのものが消え去り、
エレインの言葉に、身も心もボロボロな女性たちが、嗚咽を漏らしながら涙を流した。服も来ていない状態で、行為痕が目に見えてわかる。それに、奴隷としての証拠である、首輪とリードが繋がっていた。
(虫唾が走る……)
僕は、初めてそう思った。
すると、貴族の一人が、全裸の女性の首に繋がっているリードを、引っ張った。
「俺たちは、そこらの一般階級とは違うんだよッ!! 平民どもは、こーやって、俺たちの奴隷になってればいいんだよ!! どうあがいても、貴族に勝てっこないんだからなッ!!」
「い、いやぁ……。助けて」
「何が助けて。だぁ? いつ、俺がそんなことを教えたんだ!!」
貴族は、その女性を鞭で叩き始めた。貴族が叩き始めた途端に、四つん這いにされている女性たちも、一斉に鞭で叩かれ始めたのだ。
「……」
僕の手を繋いでいるシエルが、膨大な魔力を解き放とうとしていた。そんなシエルの手に力を込めて握り、前に出た。
「僕の名は、クロイ・シリル! 勇者・クロイだ!! これ以上他者を、エレインたちを傷つけるのは許しはしない! ここにいるエレドリヌの貴族に問う! エレドリヌにある大樹の木の〈守り人〉を殺害したのは、貴方方だな? ここにきて、やって分かった。〈守り人〉はエレインの母親で、彼女の母を貴方方の奴隷に仕立て上げ、鬱憤晴らしに利用した。だが、幼い彼女が次第に成長していき、彼女も自分たちのモノにしようといていたのを、彼女の母にバレ、母はエレインをエレドリヌから逃がした。餌を逃がした彼女の母を社会的に支配し、肉体的にも支配し、飽きた貴方方はエレインの母を殺した。そうだろう?」
エレインは黙って僕の言葉に耳を向けた。薄々感づいていたのだろう。まだ何もわからなかったであろう幼かったエレインは、この意味が分かりもしなかっただろう。だが今は違う。この真実を受け止めるには、少し時間がかかりそうだ。
「このねぇーちゃんの、お母様だったのか!? 良い身体をしていたなぁ~。奴隷商人を通じて、金のもんにしてやろうかと最初は思っていたんだが、意外にも相性が良くて、たっぷりと堪能させてもらった記憶がある。そこのエルフのねーちゃんと、血が繋がってんなら、同じようにしてやってもいいが、まだ初物ぽいからな~。少し味見して、売りさばいてやってもいいな~」
ガラの悪い男が、汚い笑い方をしながら、エレインの身体を舐め回すかのように目線を向けた。
───そこで、僕の怒りの沸点が限界を迎えた。
「〈イグニス〉」
「や、やめろぉぉぉぉ!!」
古代魔法の一種である〈イグニス〉を、その男に向けて呪文を唱えた。男は一瞬にて、炎に包まれ、悲鳴を上げながら肉体を焼かれていった。この光景を見ていた貴族らは、後退りをし、この場から逃げよう走り出した。
(裏出口があるのか)
すると、裏出口に逃げ込む貴族の前に、エレインが立ちふさがった。
「私は、故郷であるエレドリヌを元に戻したいだけ。ですが、母が愛していた、エレドリヌを穢した貴方方を、許すことはできません。それに、ユーベルの為にも!! 貴方方の行いのせいで、エレドリヌが〈幻影都市〉となった。母を殺し、母の魂と共に、大樹の木に眠っている死者の魂が、エレドリヌを襲った。これは、死者の魂が怒りに満ちているということ。一生、貴方方の行いを死者の魂たちが、許すことも無いっ!!
エレインは、聖魔法の一種〈ホーリー〉で、貴族らの存在ごと消滅させた。
この場に残ったのは、奴隷にされていた女性らと、僕とシエルにエレインだけとなった。僕は、その場にあった布で女性らの身体を隠し、地下から抜け出したのであった。