『鎬木鑑定屋』に戻ると、イロハと茉莉、そして部屋の隅っこで蹲っているスバルがいた。
「おい、イロハ嬢。スバルは何故ふて腐れているのだ? また派手に転んだか?」
「あー、実は……繁華街区で身ぐるみ剥がされかけたらしいのよ。返り討ちに遭わせたまではいいけど、結局迷子になって……泣きながら警察の人にここまで送ってもらったみたいなの」
「ま、迷子じゃない……僕は大人だ。大人、だ……っ……ひ、一人で出来るもん」
ぶつぶつと繰り返しながら、スバルは膝を抱えて床の上に座り込んだまま動かない。
「ひとまず、例の刀はこの通り取り戻した」
中村の身柄は警察に引き渡し、後は法が彼に然るべき処罰を下す。
「まあ! ありがとうございます、鎬木さん!」
「結論から言うと、これは村正ではない。藤正の刀だ」
さらに言うと、今回の騒動でかなりの血を浴び、刀身は痛んでしまった。仮にこれが『浪漫財』でも、その値打ちはなくなった。刀の値打ちは刀工や歴史もあるが、何より重視されるのは保存状態だ。
「あとは研磨師にでも依頼しろ。何処まで出来るかは不明だが」
「は、はい。何から何まで……」
「茉莉、一つ聞くが……お前、これが徳川から譲り受けた村正と言っていたが、それが藤正と聞いてなお、これは家宝だと思うか?」
「んー、確かに村正だと聞いてはいましたけど……我が家の宝である事に違いはありませんから」
「その口ぶりだと、それが村正でない事を知っていたようだが……」
壁際で蹲りながらスバルがじろり、と茉莉を見た。
「ええ、何となく。うちは歴史ある家系ではありますが、徳川様とは関わりがないと思います。きっと……ただの見栄です。うちには『浪漫財』があまりなく、歴史はなくても『浪漫財』多数所持のお家には華族としては負けています。だから、私の祖先はそれが許せなくて、徳川様と縁のある刀だ、って言ってしまったのだと思います」
「そして、それがいつの間にか逸話となって代々伝わった、と……」
星乃が続きを言うと、茉莉はにっこりと笑いながら返した。
「ええ。だって、それ……祖父が借金のカタに何処かの家から貰い受けたものですから」
「……」
一瞬、空気が冷たくなった。
「刀には、逸話がつきものだ」
忠誠の<短刀・薬研藤四郎>。鬼を斬った <太刀・童子切安綱>。雷神を斬った<太刀・雷切>や<脇差・雷切丸>――。挙げたらキリがない。
「だから、お前の家は、〝妖刀を所持している家〟として名乗り上げたかった。そのために、刀の逸話が欲しかった……という事か」
そして、その逸話――人を狂わせる妖刀という名に中村は取り憑かれた。
「つまり、全ては真贋を見極めず、名前だけを見た結果という事だ」
そこで一度言葉を切り、
「これから、中村のした事でお前の家の〝本当〟が露見するだろう」
「ええ、でも……私はあの人の主人であり、その刀の主人です。それが罰だというなら、罪ごと刀を継承するまでです」
どうやら余計な気遣いは無用だったようだ。刀は、
鈍い光が輝き、一瞬だけ中村の血走った眼が浮かんだように見えた。
「妖刀だな」
ぼそり、とスバルが言った。
「人を、道から迷わせた……妖刀だ」
「ああ、確かに……妖刀だな、これは」
紫色の輝く刀身は、見る者の心の闇を引き出すように怪しい光を放った。