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妖刀・村正1-12

 『鎬木鑑定屋』に戻ると、イロハと茉莉、そして部屋の隅っこで蹲っているスバルがいた。

「おい、イロハ嬢。スバルは何故ふて腐れているのだ? また派手に転んだか?」

「あー、実は……繁華街区で身ぐるみ剥がされかけたらしいのよ。返り討ちに遭わせたまではいいけど、結局迷子になって……泣きながら警察の人にここまで送ってもらったみたいなの」

 わなみの予想通りか。だから、こいつを勝負するのは嫌だったのだ。

「ま、迷子じゃない……僕は大人だ。大人、だ……っ……ひ、一人で出来るもん」

 ぶつぶつと繰り返しながら、スバルは膝を抱えて床の上に座り込んだまま動かない。

「ひとまず、例の刀はこの通り取り戻した」

 中村の身柄は警察に引き渡し、後は法が彼に然るべき処罰を下す。

「まあ! ありがとうございます、鎬木さん!」

「結論から言うと、これは村正ではない。藤正の刀だ」

 さらに言うと、今回の騒動でかなりの血を浴び、刀身は痛んでしまった。仮にこれが『浪漫財』でも、その値打ちはなくなった。刀の値打ちは刀工や歴史もあるが、何より重視されるのは保存状態だ。

「あとは研磨師にでも依頼しろ。何処まで出来るかは不明だが」

「は、はい。何から何まで……」

「茉莉、一つ聞くが……お前、これが徳川から譲り受けた村正と言っていたが、それが藤正と聞いてなお、これは家宝だと思うか?」

「んー、確かに村正だと聞いてはいましたけど……我が家の宝である事に違いはありませんから」

「その口ぶりだと、それが村正でない事を知っていたようだが……」

 壁際で蹲りながらスバルがじろり、と茉莉を見た。

「ええ、何となく。うちは歴史ある家系ではありますが、徳川様とは関わりがないと思います。きっと……ただの見栄です。うちには『浪漫財』があまりなく、歴史はなくても『浪漫財』多数所持のお家には華族としては負けています。だから、私の祖先はそれが許せなくて、徳川様と縁のある刀だ、って言ってしまったのだと思います」

「そして、それがいつの間にか逸話となって代々伝わった、と……」

 星乃が続きを言うと、茉莉はにっこりと笑いながら返した。

「ええ。だって、それ……祖父が借金のカタに何処かの家から貰い受けたものですから」

「……」

 一瞬、空気が冷たくなった。

「刀には、逸話がつきものだ」

 忠誠の<短刀・薬研藤四郎>。鬼を斬った <太刀・童子切安綱>。雷神を斬った<太刀・雷切>や<脇差・雷切丸>――。挙げたらキリがない。

「だから、お前の家は、〝妖刀を所持している家〟として名乗り上げたかった。そのために、刀の逸話が欲しかった……という事か」

 そして、その逸話――人を狂わせる妖刀という名に中村は取り憑かれた。

「つまり、全ては真贋を見極めず、名前だけを見た結果という事だ」

 そこで一度言葉を切り、 わなみは茉莉を見下ろす。

「これから、中村のした事でお前の家の〝本当〟が露見するだろう」

「ええ、でも……私はあの人の主人であり、その刀の主人です。それが罰だというなら、罪ごと刀を継承するまでです」

 どうやら余計な気遣いは無用だったようだ。刀は、 わなみの手から彼女の手へと戻る。茉莉はそれを確かめるように鞘から刀身を僅かに抜く。

 鈍い光が輝き、一瞬だけ中村の血走った眼が浮かんだように見えた。

「妖刀だな」

 ぼそり、とスバルが言った。

「人を、道から迷わせた……妖刀だ」

「ああ、確かに……妖刀だな、これは」

 紫色の輝く刀身は、見る者の心の闇を引き出すように怪しい光を放った。


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