「星乃……!」
「大丈夫、です」
咄嗟に急所を避けたのだろうが、肩口に一文字の傷が目立つ。星乃が膝を折りながら傷口を布で押さえると、たちまち布は赤く染まり出した。その紅を見た瞬間、
「おい、てめえ……」
「お前に何が出来るって言うんだよ? 『鑑定屋』。どうせ鑑定するしか能のねえお前の方がよっぽど雑魚だろうが」
「鑑定するしか能がねえ、か。確かにその通りだな」
一歩、
もしかしたら、こうやって星乃の前に出るのは、出会ってから初めての事かもしれない。いつもアイツはぴょんぴょん跳ね回って、先に行ってしまうから。
――なら、ここで……〝御主人〟の格の違いを、教えておいてやろう。
まず中村が踏み込むと同時に、村正は振り落とした。それを横へ飛んで避けると、近くの無造作に伸びていた雑草が刈られた。
――こりゃ、農家にでも再就職した方がいいんじゃねえか。
余計な事を考えている余裕も与えず、さらに中村は追撃する。
「あひゃひゃひゃっ!」
狂った笑い声を上げて村正を振り回す中村は、確かに妖刀に操られているように見える。
が、正しくは違う。
あれは、酔っているだけだ。俺は殺せる、という殺せる殺意に酔っているだけである。
――まったく、小心者が武器を持つと如何せん。
村正に操られているという点では、確かに妖刀だ。しかし、村正自身は何もしていない。村正はただ刀としてあるだけであり、それだけで中村にとっては殺せる可能性を生んでいる。
だからこそ、簡単に流れも読める。つまり、
「くそ! 何で当たらん」
先程の死体の切口から見て、中村は相手の不意をついて一撃で仕留めている。その後に死体を何度も切り刻む事で、猟奇的な殺害現場を生んだ。
「さて、そろそろ頃合か。では、中村平。鑑定結果を教えよう」
「鑑定だと?」
ずさり、と重い刀身が地面に叩きつけられた。
そこから数歩下がって距離を取りながら、
「お前の鑑定額は、史上最価格! つまり、数値で示す事も出来ぬ程の格安だ。これが、その証しだ!」
対する中村は地面に刺さった鋒を抜いて再び斬りかかろうと村正を構え直し――
「しぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「さあ、これが……鑑定結果だ!」
カキン――
と、一合の音が響いた。まるで達人同士の斬り合いのようだが、生憎両者とも素人であり、歌舞伎のようなお約束な展開にはならない。
「あ、ああああああ! 村正がっ! 俺が、俺が……!」
本気で村正だと思い込んでいるようで、彼は刀身が地面に落ちると、それに合わせて膝を折った。
「目釘抜きは、一つを二つにする。刀身と柄を切り離し、柄の中に眠る真実を突きつける」
抜き身の刀身の端は錆びた金属の塊であり、その端に柄とくっつけるため目釘穴がぽっかり空いている。
「確かに腕のある職人の作る特芸品というものは美しい。つい心を奪われる一種の魅力のようなものがある。が、所詮人の作った物だ。作ったのが人ならば、壊す事だって可能。決して壊れぬ物など、この世には存在しないのだから」
「認め、ねえ……!」
「おい、お前……」
中村は制止の声も届かず、村正の
が、刀とは柄や目釘によって支えられ、ようやく一つの刀となる。当然刀身一つを刀だ、なんて呼べる筈なく、構えてはいるが、先端がゆらゆらと揺れており、狙いが定まらない。
「やめておけ。お前は、村正ではない。お前は、人間だ。刀には、なれない」
「う、うるせえ。村正が、囁くんだ。早く血を寄越せって……」
本気で村正と一体化していると思っているのか、中村は血走った眼で
そして、あろうことか、村正の
「お前……!」
ぶしゅ、と肉の切れた音が小さく響いた。ぽたり、と中村の手から鮮血が溢れ落ちる。それすら愛おしいように、中村は狂った笑い声を上げた。
「ほら、俺の血だ。俺の血を飲んで、力をつけるんだ。ああ、分かっている。そうだな。もっと血が欲しいのだな?」
――こいつ痛覚がないのか?
いや、痛みすら超える〝何か〟が彼を支配しているのだろう。そして、その何かは決して良いものではない。
「おりゃあああああああああっ!」
雄叫びに近い声を上げながら、中村が刀身を直に握りながら真上から振り下ろす。寸前でそれを避け、追撃を恐れて後ろに下がり、ある程度距離を取った。
「待て、格安野郎。そろそろ真実を教えてやろう」
鉄扇で鋒を払いのけ、流れるように彼の背後に回り込む。
「
「え……っ」
既に中村からは殺気どころか戦意すら感じられず、いつの間にか彼と
「だ、だって、これは……<妖刀・村正>で! だから俺は村正に、村正に言われて! 村正が俺に囁くんだ! 人を斬れ、と! 血を寄越せ、と! だから俺は村正に導かれるままに……」
「ただの鉄の塊にそこまでの事が出来るって本気で思っているのか? こりゃ風切もびっくりだな」
「なっ……!?」
「確かに、そういう逸話は多い。主人のために時に擬人化し、時に傷を癒し……本当にこの世は摩訶不思議だ。しかし、その刀では〝それ〟は出来ない。何故なら……それは、<妖刀・村正>ではないから」
「そ、そんな事はねえ! こいつは、たくさん人を斬った! あの切れ味は村正だ!」
「確かに、贋作にしては良い出来だ。装飾は似ており、素人なら騙されるかも知れないが……『鑑定屋』の目は誤魔化されん」
「ちょっと待って下さい。じゃあ、あの人は妖刀に操られたんじゃなくて……自分の意思で人を斬り続けたった事ですか?」
「嘘だ……」
かぶりを振るうように、中村は叫んだ。
「こいつは村正だ! だって村正がそう言っているんだ! だから村正なんだよ!」
「そこまで言うなら、そいつに聞いてみろ。物は、嘘はつかん。嘘つきはいつだって人間の方だ。本当の事は刀が知っている。今なら柄に眠っていた真実が見えるだろ」
中村はおそるおそる血で汚れた
「これは……」