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妖刀・村正1-9

 ちょうど開けた場所まで来た時。狙ったように茂みから中村が現れた。最初から待ち伏せていたのか。彼は怪しく光る刀身を構え、ゆっくり近付いてくる。

「なあ、お前達。『日陰』って知っているか?」

 その単語に、星乃が過敏に反応した。

「親に……いや、国にすらその存在が認知されなかった奴ら。生まれつき身分が低い奴や親にそもそも存在を認知されなかったガキ。そういった奴らは日陰……人とすら認められず、社会の隅で人の視線から逃れるように生きるしかない」

 わなみも知らないわけではない。その空気を、知らないわけではない。わなみも、こいつも――。

 所詮、旧時代から新時代に移っても、そう簡単に世界は変わらない。過去の身分制度は色濃く残り、昔よりはマシにはなったが、なくなったわけではない。

「俺はな、その日陰だったんだよ。人に疎まれ虐げられて……汚ねえ仕事だって山ほどしてきた。そういうのって、不公平だって思わねえか?」

「なら、どうして盗みなんて……。その話が本当なら、貴方は茉莉さん達に助けてもらったのでしょう?」

「はっ! あんな日和ったお嬢さんに、俺が扱えるかよ。俺は、庭師程度で終わる男じゃねえ。もし生まれた家さえまともなら、栄光を掴んでいたに違いない! 現に……妖刀は、俺の前に現れた」

「とんだ格安野郎だな」

 ぴしゃり、とわなみは一蹴する。

「世の中が不公平だと? 全ては生まれが悪いと? くだらん。生まれが、お前を決めたのではない。お前が、生まれを理由に自分の値打ちを決めたのだ。〝それ〟くらいしか、お前は自分の価値を証明出来ぬのだろう。出生を言い訳にするな」

「黙れ! お前みたいな国家資格者には、俺みたいな奴の気持ちなんて分かるか! 最初から全部持って生まれてきた奴らに、俺みたいな奴の、何が……」

「だから、お前は格安なのだ。確かに出生は決められぬ。富や才……それによって与えられるものが異なる。だが……値打ちとは、いずれ上がるものだ」

 ふいに、脳裏に『あの人』の言葉がよぎった。その言葉を続けて繰り返すように、わなみは同じ言葉を口にする。


  ̄ ̄『お前は、この我に買われた。だから、お前は我のものだ』

  ̄ ̄『ワンコインの五〇〇円だ。ゆえに、五〇〇円なみの働きはしてもらう』

  ̄ ̄『が、お前が自分の意思で、私からお前を買い戻したいと願うのなら、その価値を示せ。始まりのお前の価値は、確かに格安だ。

   ろくに言葉も知らねえ、無 知なガキ。大金出して買う程の価値はなかっただろうね。我が落札しなければ、今頃闇医者に解体バラされているか、

   危ない趣味の連中に嬲られているか……』

  ̄ ̄『しかし、それは開始価格だ。価値というのは、歴史を刻む程に、時間をかけて磨く程に高額に跳ね上がる。だから、少しずつでいい。

   たくさん時間をかけてもいい。我にお前の価値を示すんだ。いいか? これからのお前の価値は、お前が決めろ。誰かに決められるんじゃない。

   お前自身が、お前を鑑定するんだ』


  ̄―『そして、お前が出したお前自身の価値……鑑定価格を持って、お前を買い戻せ』


「確かに、開始価格は格安なのかも知れない。なら……お前の価値は、お前が人生をかけて証明すれば良いだけの話だろ」

「何を、偉そうに……!」

 中村が一歩踏み出すと、その足下で小さな爆発が起きた。いつ発砲したのか、その気配すら悟らせず、星乃が二丁拳銃を構えてわなみの前に立っていた。

「御主人の言う通りです! 価値は、上がるんですよ! 未来に投資せず、ただ現状を嘆いていたら、価値だって下がります」

「このっ……!」

 彼にとって一番痛い所だったのか、中村は村正を振り回しながら突進してきた。

「御主人、下がっていて下さい」

 わなみが少しだけ離れると、それを確認してから星乃は銃身を交差した。そして、足に力を込めて振り落とされる村正を銃身で受け止めた。

 がきん、と大きな金属音が鳴る。

「……私は……」

 村正の刃を正面から受け止めた星乃は、絞り出すような声で言った。獲物を捉える視線は、真っ直ぐ中村へと向かう。

「『日陰』だ。家も親もなく、ずっと日陰の中で生きてきた」

 星乃の言葉に、中村は一瞬だけ目を見開いた。が、力を緩める事はなく、刀身と銃身が押し合う。

「世界に参加出来なくて、常識も法も知らず……ただ存在だけしていた。生きる事も、死ぬ事も……全部どうでも良かった。そんな空っぽだった私に、御主人が一からこの世界での生き方を叩き込んでくれた! 今の私は言葉を知っている! 金の値打ちを知っている! 人の助け方を知っている! 御主人が、正しいって事を知っている!」

 星乃は言い放つと共に、右足で中村の腹部を蹴った。その反動で彼から距離を取る。その程度で倒れる事はなかった事は最初から想定内のようで、星乃は体勢を立て直すと短い方の銃口を中村に向けた。

「はっ! 何だよ、それ。ようは利用されているだけじゃねえか」

「可哀想な人ですね。信頼の返し方を知らないなんて。私も、欅さんも……それを知っているから主の傍に立てるんです。手を差し伸ばされたとして、その手を取って立ち上がるかは、その人自身の意思です。貴方は、それが出来なかった。利用されるか、なんて言い訳です。ただ、裏切られるのが怖くて……また元の場所へ戻るのが怖かっただけの、臆病者だ!」

「……っ!」

 図星か。中村は今すぐ星乃を黙らせようと奇声を上げながら彼女へ突っ込んだ。そして、星乃の射程距離から抜け出すと――方向をわなみに変えた。

「御主人!」

「ゴチャゴチャと、うるせえんだよ!」


 ざしゅ、


 と、肉の切れた音が響いた。

 目の前で、見知った小さな背中がふらり、と倒れ込む。


「星乃……!」


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