中村を追って店の裏口から外に出ると、遠くで低い男の悲鳴が聞こえた。
それとは反対に、先程までいた店側からは騒ぎを聞きつけた警察達が取り締まる声や町民の悲鳴が聞こえた。ひとまず被害者達は彼らに任せよう。
――だって
そんな事をしている間に、また遠くで悲鳴――というより断末魔に近い声が響いた。全く真っ昼間から見境がない。簡単に人を斬る時点で既にいかれてはいるが。想像以上の荒れようだ。
「今の悲鳴、結構近いですね」
「のようだな。急ぐぞ。これ以上、あの刀に人を殺めさせるわけにはいかない」
「了解です」
小さく頷いた星乃を先頭に、
*
時同時刻。イロハは天満に言われた通り『鎬木鑑定屋』の留守番をしているのだが――
「ねえ、茉莉ちゃん。少しは落ち着いたら?」
先程から店の入り口付近を右に、左に、と忙しくなる歩き回る茉莉を見かね、イロハが声をかける。
「で、でも、あの二人大丈夫でしょうか?」
「んー、問題ないと思うけど……」
「で、でも鑑定士さんに何かありましたら……」
彼女は本気で責任を感じているようで、両手を交差しながら俯いた。
「言いたい事は分かるわ。鑑定士は危険を伴う仕事。ゆえに鑑定試験には武力の試験もある」
鑑定と一言に言っても様々な依頼があり、その種類は未知数。主に華族が多いが、そればかりではない。特に『浪漫財』の中には表では手に入らない――裏社会の商流で取引される、世間一般から見て「やばい物」もある。中には、そういった危険な物にこそ魅力を感じる者もいるため、鑑定士は依頼によっては危ない橋を渡る時だってある。
「ふふっ……尚のこと、あの子達の出番じゃないの」
「え?」
「こういう『やばい』案件こそ、『鎬木鑑定屋』の見せ場だもの」
「で、でも、助手の星乃さんって私と同じくらいの女の子でしたよね? 本当に、大丈夫でしょうか。もしもの事があったら……」
「見ての通り、この町って繁華街区もあって、お嬢さんやスバルちゃんの住んでいる首都に比べると、治安悪い方なのよね」
といっても中心部は警察の目もあるため、繁華街区に限るが。逆にいうと、日の当たる世界で生きていけない輩は、大抵繁華街区に集まる。
「だから、窃盗とかスリなんてしょっちゅうなんだけど……昔ね、この近隣で連続窃盗事件があったのよ」
「え!?」
華族のお嬢様には縁遠い世界のせいか、茉莉は目を大きく見開いた。
が、今の時勢、珍しくもない。特に彼女の住む大都市でも、日常茶飯事なのだが。
――余程、優しい世界で生きてきたのね。
嫌味ではなく、イロハは素直にそう思った。
「季節は、たしか冬だったかしら。連続で食べ物ばかりが盗まれる事件が発生してね。どの家も、子供が一人入れそうな隙間があった家ばかりで……」
どれも少量の食料ばかりが獣が荒らしたように食い散らかし――、当時は「野生の獣でも入り込んだんじゃないか」と噂され、獣用の罠させ用意されていた。
「そして、ある日、『鎬木鑑定屋』に、〝その子〟は現れたの」
「その子って……」
「星乃ちゃんよ。あの子が近隣を荒らし回っていた窃盗犯。あの子、随分と劣悪な環境で育ってね。言葉もろくに喋れない……というより知らなかった。それを天さんが警察や孤児院に着き出すでもなく、引き取って、今に至るってわけ」
「それって……鎬木さんは、星乃さんを許した、って事ですか?」
「んー、どうだろう。多分、天さんが助けたかったのはあの子じゃなくて、かつての自分だったんじゃないかしら」
「え? それって……」
意外にも食いついてきた茉莉を、イロハは意味深な笑み一つで追求を拒む。
「だーめ。これ以上は……有料だぞ」
*
進む度に木々が増えていき、人の里からどんどん遠ざかっていく。獣道には人が通った跡が残っており、中村がここを遠った事は確かだろう。しかし――
――何でこの道を選んだ!?
整備されていない道は歩きづらく、捕まる樹木もどれも背が高い上に表面が尖っていて何の助けにもならない。
――いや、それより問題は……。
「ほら、御主人! 早く、早く! 遅れていますよ!」
雑木林を下駄で挑むなど、山賊でも難しいのだが。星乃は何の障害もなくどんどんと進む。それに、息も乱れていない。やはりこいつ妖怪かもしれない。
「に、しても噂通りでしたね」
「何がだ?」
乱れる息を何とか整えながら問うと、
「村正ですよ、村正。あの人完全に目がイっちゃってましたし。村正が人を狂わす妖刀って噂も全くのデタラメってわけでもなさそうですね」
星乃が言いたい事は、分からなくはない。確かに中村は一種の魔力のようなものに取り憑かれているようであり、とても正気の人間の目ではなかった。
しかし、あれは――
「星乃。<妖刀・
ようやく息を整えた
思った通り彼女はキョトンとした顔で小首を傾げた。
「かつて世間を騒がせた妖刀。それを手にした人間は魂を妖刀に支配され、自分の肉体が滅びる寸前まで無差別に人を襲う」
「村正以外にも妖刀ってあったんですか!」
「いや……」
「実際に京都の町で長期的に辻斬りが潜伏した事があった。その時の辻斬りが所持していた刀が、風切だった……らしい」
「らしい、って?」
「風切の行方は分からん。取り憑かれた男も、何十人も斬り殺した後、最後は風切で自害して、そのまま川に流されたらしい。男の死体は見つかったが、風切らしき刀は結局見つからなかったそうだ。だがな、この話の面白い所は……最初から妖刀なんて存在しなかった事にある」
「どういう事ですか?」
「当時辻斬りをしていた男はそれを妖刀だと思い込んで殺戮を繰り返した。しかし、その刀は全く別の刀であり、男は勝手にそれを妖刀だと思い込んでいただけだったて事だ」
「それって……」
「入れ替わっていたんだ。最初男が妖刀だって思っていた刀は、最初こそ風切だったもの、途中で全く別の刀とすり替わっていたんだ」
紛失した風切自体本物かどうか疑わしい。そもそも風切なんて刀が最初から存在したのかすら今となっては分からないのだから。
「〝妖刀〟とは、男が自分自身の狂気を正当化するための言葉に過ぎない。最初から殺意や狂気を宿していた男は、妖刀伝説を作り上げて罪の意識から逃れた」
「御主人は、今回の騒動も同じだって思っているんですか?」
「当たり前だ。妖刀が人を狂わす? 人を惑わす刀? そんなものがあってたまるか。所詮刀は刀だ。妖刀が惑わすんじゃない。人が勝手に狂うんだ」
「誰が狂っているって?」