「御主人。何処へ向かっているんですか?」
「繁華街だ」
既に専門街区を抜けた
こんな小さな田舎町だ。表だって暴れる奴らはいないが、繁華街は別だ。違法は店もあり、柄の悪い連中も多い。危険を冒したくない奴は近付かない事はおすすめする。
だが、同時に最も身を隠しやすい所でもある。ほとんどの店は夜のみ営業し、この時間帯に開いている店といえば、小さな茶店くらいだ。
――スバルの奴、身ぐるみ剥がされてなければ良いが。
あの格好で繁華街区など歩けば、絶好の獲物。だが、彼も鑑定士に端くれ。自分の身を護るくらいは出来るだろうが。
「御主人……!」
そんな事を考えているうちに人通りが減り、繁華街区へ入っていたようだ。
突然星乃が両腕を交差させて振り袖の中に潜ませている二丁拳銃に手を伸ばしていた。
「星乃……?」
彼女は
刹那 ̄―むせ返るような異臭が鼻についた。
「これ、は……っ」
茶屋の入口から紅い水滴が流れ込んできた。徐々に足元へ伸びる紅に、一瞬嫌な光景が浮かんだ。足元に伸びる紅い水滴。白装束に咲いた紅い花は思っていたよりも残酷で――
「御主人!」
星乃の言葉でハッと我に返る。
急いで茶店の中を確認すると、中には店の主人らしき老人とお客らしき人物が約五名、床に倒れ込んでいた。らしきもの、と付けたのは人としての原型を留めていなかったからだ。
「こいつは……」
どれも鋭利な刃物で削ぎ落とされたように腕が両断され、そこから真新しい鮮血が止まる事なく溢れ出す。一瞬躊躇しかけた意識を何とか奮い立たせて店内に一歩踏み込む。足の裏に、嫌な水の感触を感じた。
「この切り口……」
と、その時――背後で床が軋む音が微かに響いた。
「御主人!」
耳のすぐ傍で、一合の音が響いた。
「お前が……辻斬り、か」
浅黒い肌の、少し背丈の低い男。
返り血でべっとり汚れた薄黄色の着物に、やはり返り血で汚れた頬。一目で彼が何をして、そうなったのか第三者の目からでも明らかである。手に持っているのは打刀ひと振りであり、鞘もなければ、帯刀に必要な道具もなく、裸の刀をそのまま持ち出したようだ。
「う、うけけけけっ……獲物だ、新しい、肉だ、血だ……うけけけっ」
蛇のような鋭い視線が、
ぐちゃり、と地面に転がったつい先程切り殺した死体を踏みつけ、男が前に踏み出した。それに合わせるように、星乃が
「貴方が噂の辻斬りですね!」
「いかにも。俺は、中村平」
「じゃあ、貴方が茉莉さんの所で働いていた庭師?」
星乃が戸惑うのも頷ける。もっと初老を想像していたが、四十半ばの中年の男だ。それに加え、あの何かに取り憑かれたような異常な振る舞い。庭師らしさが欠片もない。
「茉莉? ああ、お嬢の依頼で来たのか。いかにも! 俺は身分が低かったせいで、ずっと華族に仕えてきた。だが、俺の実力はこんなものではない。いつかこの世界から抜け出してやるって……ずっと思ってきた。そんな時さ、こいつ……村正と出会ったのはな!」
血を舐めるように舌を刀身に滑らせた。その光景に、他人の事を言えた義理ではないが、寒気がした。
「血を、血を……新しい血を、村正に……あーひゃひゃひゃひゃ!」
突然奇声を上げて、彼――中村は村正を振り上げた。
が、それが振り下ろされる寸前に星乃が小型の銃を発砲し、鋒を弾いた。刀同士での斬り合いの際、基礎的な動きは相手の鋒と自分の鋒をぶつけて威力を殺して相手の懐に入り込む事だ。高速の攻防のため、一瞬で勝負が決まる。これが達人なら一撃、素人なら時間がかかるだろう。が、それは同じ武器の話だ。戦う距離が異なる銃で、それをやり遂げた彼女も、また達人だ。
「貴方の身の上に興味ありません。ただ、私にも譲れないものが……負けてほしくない人がいるんですよ!」
星乃が中村の後方の壁を威嚇射撃した。二丁の銃を構え直し、二つの銃口が中村を捉える。
そして、星乃が銃身に滑らせた指を動かそうとした時、遠くから人が駆けてくる気配がした。
警告を促す笛の音が遠くから聞こえた。笛の音と足音から察するに、そう遠くない。いつの間にか店の入り口に騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始め、甲高い悲鳴がこの惨状を物語る。
そちらに気を取られた一瞬――中村が裏口へ向かった。
「御主人! 中村が逃げます」
「ああ、追うぞ」