ひとまず立ち話出来るような内容でないため、もう一度店内に戻って仕切り直す。作業机前の椅子に少女に座ってもらい、その正面に
「んー、つまりまとめますと……お姉さん、えっと……」
「
言葉を詰まらせた星乃に、すかさず彼女――茉莉は名乗った。
「北神、というと有力な華族の一族ではないか」
よく見れば、帯留めには北神家の家紋である「北」の文字と雷を模した文様が刻まれている。どうやら本物のようだ。
「はい。実は、情報屋さんに依頼して、〝この国で最も信用出来る鑑定士〟さんを紹介して頂き……本当は宿屋で待っているように言われたのですが、事態が事態で、いてもたってもいられず、ここまで来てしまって……」
「最も信用出来る、ですか」
何か言いたそうな目で星乃が
「あら、本当の事じゃない。だって、天さんは刀を哀しませるような事はしないでしょ?」
「無論だ。
「さらりと最低発言しないで下さいよ。それで? さっき妖刀の持ち主って言ってましたけど……それって、まさか……」
「はい。今、世間を騒がせている『近代の辻斬り』に使われている刀の事です」
咄嗟にイロハを見ると、彼女は無言で頷いた。イロハが下調べ済という事は、彼女の言っている事は本当の事か。
「えっと、それが……うちの刀がひと振り盗まれてしまったのです」
「それが、今の辻斬りに使われている刀、か」
「はい。あれは、<打刀・千子村正>……我が家に伝わる、家宝の一つです。私の家は、徳川と縁にある家だったらしく、旧時代から新時代へ変わる時に、徳川が所蔵していた大多数の刀が、縁ある家に流れた事がありまして……」
「その内の一つが、お前の家に伝わっていた、という事か」
こくり、と茉莉は頷いた。
そして、空白の期間の『浪漫財』は高額で取引され、もし彼女の話が本当なら、今辻斬りが持っている刀はかなりの値打ち物。
――確かに華族が欲しがるわけだ。
スバルに依頼した華族が単純に人を殺した刀を欲したのか、高額の『浪漫財』を欲したのかは不明だが。
「旧時代。徳川は、村正を徳川を呪う妖刀として大量に没収しました。その当時、徳川が世に出ないように隠した村正の一つが、我が家に伝わる村正です」
村正の独占か、本気で妖刀と思ったのかは謎だが、当時村正の所持は大罪だった。徳川との因縁により、勤王志士の間では「倒幕の刀」として有名であり、そいつさえあれば倒幕が成功する、勝てる、とまで言われ、多くの侍がそれを欲していた。今思えば、そういった連中に対する抑止でもあったのかも知れない。
「盗まれた、と言っていたが……目星はついているのか?」
「はい。うちで庭師をやっていた男……
そういえば、少し前まで豪雨が続いていたな。
「すぐに消化して大事には至らなかったのですが、その時他の使用人と消火に当たっていた彼は、蔵から村正を持ち出すと、まるで何かに取り憑かれたように刀を持って暴れ出し……」
「辻斬りになっていた、という事か」
「はい。使用人の何人かも斬られてしまい……」
「それ、
「いや、行けぬだろう」
星乃を視線で制する。
「徳川縁の村正が辻斬りに使われたと知れたら、知名度命の華族のお家は大打撃だ。その村正も没収されるだろうし、一度ついた汚名はそう簡単に消えはしない」
「はい。だから、盗品申請も出来ず……。我が北神家では、どんな縁かは分かりませんが、徳川家から譲り受けた大事な刀。徳川の遺志に従い、あの刀を護り続けるのが、我が家の誇り。だから、表には出さずに護ってきたのですが……まさかこんな事になるとは……」
事情は飲み込めた。徳川縁の遺産と言ってはいるが、正式な鑑定は受けていない。つまり、『浪漫財』申請をしていない。彼女の北神家に代々伝わる宝ゆえ、外へ持ち出さずに来たのだろう。先日の商家の娘といい、家宝を隠す事だけが継承ではないのだが。
「成程、成程です。星乃ちゃん、理解しました。つまり、辻斬りぶっ飛ばして村正取り戻して、スバル君ギャフンさせて、お姉さんに村正を返せばいいのですね。お任せ下さい!」
どん、と星乃は自分の胸元を叩くと、軽く床を蹴って入り口付近まで移動する。
「御主人。当然、行きますよね?」
「ああ。スバルとの勝負もあるからな。それに……これ以上、美しき物が汚されるのは、見るに耐えん」
「う、美しい、って……あ、あの私は華族だから、世間が許してくれないかもですけど、でも……文通からなら……」
「許しがたい。あの美しき村正の名を汚すとは……」
「御主人、私、村正の実物って見た事ないですけど……そんなに金にな……じゃねーや、綺麗なんですか?」
今、一瞬不穏な単語が聞こえた気がした。
「ああ。そもそも村正が、妖刀と言われたのは、何も徳川との因縁からだけではない。村正は、美しいんだ。人を狂わす程にな」
そう――村正には、一種の怪しい魅力がある。
村正の代表的な特徴としては、刃文が表裏揃っている事にあり――これは『古刀期』では珍しい作風だ。
「村正の美しさは、〝刃文〟にある。〝直刃〟を基調しているが……特に〝
「箱乱っていうと……」
「〝呉の目〟……丸型の碁石が連続して見える刃文。その頭が左右に張り、焼刃が箱がかって見えるものの事だ」
この二つはどちらも刃文の一種であり、刀工によって異なるため、鑑定で最も重要な箇所でもある。特に村正は刃文に妖艶な美しさを持っており、そこに惹かれる奴は多い。
「だが、村正は虎徹同様贋作の多い刀だ。当時、徳川が反徳川派だ、と没収する中、倒幕派からすれば志の象徴のようなものであり、反徳川派や勤労志士が欲しがり……結果、全く違う刀の銘に『村正』の二字を刻むのも多く……」
「御主人! 説明長すぎです。スバル君に先超される前に行きましょうよ」
「う、うむ。確かにこれ以上村正を血で汚すわけにはいかぬ、か。イロハ嬢、茉莉と共に留守を頼む」
「はあい、いってらっしゃい」
「え? あの……」
既に外へ出た星乃を追う形で
「そこで待っていろ。
「は、はい! よろしくお願いします」
彼女が深く頭を下げるのと、扉が閉まるのは同時だった。