目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

妖刀・村正1-6

 ひとまず立ち話出来るような内容でないため、もう一度店内に戻って仕切り直す。作業机前の椅子に少女に座ってもらい、その正面にわなみと星乃、少し離れた位置で壁に身体を預けたイロハが立つ。

「んー、つまりまとめますと……お姉さん、えっと……」

北神茉莉きたがみまつり、です」

 言葉を詰まらせた星乃に、すかさず彼女――茉莉は名乗った。

「北神、というと有力な華族の一族ではないか」

 よく見れば、帯留めには北神家の家紋である「北」の文字と雷を模した文様が刻まれている。どうやら本物のようだ。

「はい。実は、情報屋さんに依頼して、〝この国で最も信用出来る鑑定士〟さんを紹介して頂き……本当は宿屋で待っているように言われたのですが、事態が事態で、いてもたってもいられず、ここまで来てしまって……」

「最も信用出来る、ですか」

 何か言いたそうな目で星乃がわなみをじろり、と見た。

「あら、本当の事じゃない。だって、天さんは刀を哀しませるような事はしないでしょ?」

「無論だ。わなみは美しい物のみをこよなく愛する。人よりも浪漫ちゃんだ」

「さらりと最低発言しないで下さいよ。それで? さっき妖刀の持ち主って言ってましたけど……それって、まさか……」

「はい。今、世間を騒がせている『近代の辻斬り』に使われている刀の事です」

 咄嗟にイロハを見ると、彼女は無言で頷いた。イロハが下調べ済という事は、彼女の言っている事は本当の事か。

「えっと、それが……うちの刀がひと振り盗まれてしまったのです」

「それが、今の辻斬りに使われている刀、か」

「はい。あれは、<打刀・千子村正>……我が家に伝わる、家宝の一つです。私の家は、徳川と縁にある家だったらしく、旧時代から新時代へ変わる時に、徳川が所蔵していた大多数の刀が、縁ある家に流れた事がありまして……」

「その内の一つが、お前の家に伝わっていた、という事か」

 こくり、と茉莉は頷いた。

 わなみもその話には聞き覚えがある。旧時代から新時代へ移り変わる空白の一年。その間に何があったか不明だが、最も謎とされているのが徳川の遺産だ。徳川は政権を完全に失う直前、全てを没収される前に縁ある家や小姓などを使い、遺産を各地へ流した。他人に奪われるくらいなら隠して、かつて自分達が納めた大地で眠らせる事を選んだ。

 そして、空白の期間の『浪漫財』は高額で取引され、もし彼女の話が本当なら、今辻斬りが持っている刀はかなりの値打ち物。

 ――確かに華族が欲しがるわけだ。

 スバルに依頼した華族が単純に人を殺した刀を欲したのか、高額の『浪漫財』を欲したのかは不明だが。

「旧時代。徳川は、村正を徳川を呪う妖刀として大量に没収しました。その当時、徳川が世に出ないように隠した村正の一つが、我が家に伝わる村正です」

 村正の独占か、本気で妖刀と思ったのかは謎だが、当時村正の所持は大罪だった。徳川との因縁により、勤王志士の間では「倒幕の刀」として有名であり、そいつさえあれば倒幕が成功する、勝てる、とまで言われ、多くの侍がそれを欲していた。今思えば、そういった連中に対する抑止でもあったのかも知れない。

「盗まれた、と言っていたが……目星はついているのか?」

「はい。うちで庭師をやっていた男……中村平なかむらたいら。二ヶ月ほど前から彼は住み込みで働いていたのですが、ある日……蔵が雷に打たれてしまって」

 そういえば、少し前まで豪雨が続いていたな。

「すぐに消化して大事には至らなかったのですが、その時他の使用人と消火に当たっていた彼は、蔵から村正を持ち出すと、まるで何かに取り憑かれたように刀を持って暴れ出し……」

「辻斬りになっていた、という事か」

「はい。使用人の何人かも斬られてしまい……」

「それ、警察まっぽに……」

「いや、行けぬだろう」

 星乃を視線で制する。

「徳川縁の村正が辻斬りに使われたと知れたら、知名度命の華族のお家は大打撃だ。その村正も没収されるだろうし、一度ついた汚名はそう簡単に消えはしない」

「はい。だから、盗品申請も出来ず……。我が北神家では、どんな縁かは分かりませんが、徳川家から譲り受けた大事な刀。徳川の遺志に従い、あの刀を護り続けるのが、我が家の誇り。だから、表には出さずに護ってきたのですが……まさかこんな事になるとは……」

 事情は飲み込めた。徳川縁の遺産と言ってはいるが、正式な鑑定は受けていない。つまり、『浪漫財』申請をしていない。彼女の北神家に代々伝わる宝ゆえ、外へ持ち出さずに来たのだろう。先日の商家の娘といい、家宝を隠す事だけが継承ではないのだが。

「成程、成程です。星乃ちゃん、理解しました。つまり、辻斬りぶっ飛ばして村正取り戻して、スバル君ギャフンさせて、お姉さんに村正を返せばいいのですね。お任せ下さい!」

 どん、と星乃は自分の胸元を叩くと、軽く床を蹴って入り口付近まで移動する。

「御主人。当然、行きますよね?」

「ああ。スバルとの勝負もあるからな。それに……これ以上、美しき物が汚されるのは、見るに耐えん」

「う、美しい、って……あ、あの私は華族だから、世間が許してくれないかもですけど、でも……文通からなら……」

「許しがたい。あの美しき村正の名を汚すとは……」

 わなみが固く拳を握ると、何故か星乃には無言で溜め息を吐かれ、イロハには「ふふ」と意味深な笑みを零され、依頼人の茉莉は涙目でわなみを見ていた。睨まれている気がするのは、気のせいか。

「御主人、私、村正の実物って見た事ないですけど……そんなに金にな……じゃねーや、綺麗なんですか?」

 今、一瞬不穏な単語が聞こえた気がした。

「ああ。そもそも村正が、妖刀と言われたのは、何も徳川との因縁からだけではない。村正は、美しいんだ。人を狂わす程にな」

 そう――村正には、一種の怪しい魅力がある。

 村正の代表的な特徴としては、刃文が表裏揃っている事にあり――これは『古刀期』では珍しい作風だ。

「村正の美しさは、〝刃文〟にある。〝直刃〟を基調しているが……特に〝箱乱はこみだれ〟が美しい」

「箱乱っていうと……」

「〝呉の目〟……丸型の碁石が連続して見える刃文。その頭が左右に張り、焼刃が箱がかって見えるものの事だ」

 この二つはどちらも刃文の一種であり、刀工によって異なるため、鑑定で最も重要な箇所でもある。特に村正は刃文に妖艶な美しさを持っており、そこに惹かれる奴は多い。

「だが、村正は虎徹同様贋作の多い刀だ。当時、徳川が反徳川派だ、と没収する中、倒幕派からすれば志の象徴のようなものであり、反徳川派や勤労志士が欲しがり……結果、全く違う刀の銘に『村正』の二字を刻むのも多く……」

「御主人! 説明長すぎです。スバル君に先超される前に行きましょうよ」

「う、うむ。確かにこれ以上村正を血で汚すわけにはいかぬ、か。イロハ嬢、茉莉と共に留守を頼む」

「はあい、いってらっしゃい」

「え? あの……」

 既に外へ出た星乃を追う形でわなみも出ると、後方で茉莉に戸惑う声が聞こえ――店を完全に出る直前に一度だけ振り返り、椅子に腰掛ける彼女に鉄扇の先端を向ける。

「そこで待っていろ。わなみが、村正をお前に返す」

「は、はい! よろしくお願いします」

 彼女が深く頭を下げるのと、扉が閉まるのは同時だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?