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妖刀・村正1-5

「あーあ、御主人ったら単純なんですから」

 案の定、星乃の文句が店内に静かに響いた。

 あの後、スバルに勝負をふっかけられたわなみは、刀の名誉のためにまんまとアイツの勝負に乗っかってしまった。正直自分でも我ながら子供ぽかったかも知れないが、名刀の名誉のためなら多少の面倒も致し方なし。

 スバルが先代の件からわなみを敵視している事は昔からであり、ああやって鑑定勝負を挑んでくる事もよくある。無論、わなみの全勝だがな。


 ――『ふっ、話は決まったな。先に辻斬りの妖刀を鑑定した方が勝ちだ』

 ――『お前の連勝もここまでだ。今度こそ僕はお前に勝つ。勝って、鎬木先生に僕の事を認めて頂くんだ。せいぜい僅かな栄光をかみしめる事だ』

 ――『僕は、負けない。お前みたいな……の奴なんかに、絶対に!』


 それだけ言い残すと、彼は早速調査へと向かった。忙しない男だ。

 ――しかし、最後の一言は……正直痛いな。

 確かに、わなみはただ出会いに恵まれただけで、本当は――。

「御主人!」

 突然星乃が身を乗り出してきた。

「何呆けているんですか! 私達も行きましょう! ほらほらほら」

 星乃はわなみの裾を掴むと、ぐいぐいと引っ張る。全く振り解けないとは、やはり妖怪の類いか。

 その様子を見ていたイロハが、突然吹き出すように笑った。

「ふふっ! 本当に君達って見ていて飽きないわ。あの時は、まさか貴女が天さんの助手になっちゃうとは思わなかったけど」

「べ、別にイロハさんには関係ないでしょ! 私はあの時から御主人についていくって、決めたんです。わ、悪い?」

「悪くありませんよ、ふふふふっ」

 完全に遊ばれている。

 過去の事に触れられたくはないのか、星乃はあからさまな態度でイロハを威嚇すると、わなみの背を押して店を後にした。完全に店を出る前にイロハを振り返り――

「イロハ、すまないが店を頼む」

 スバルが戻ってきた時(主に道に迷って)に留守だとまた面倒な事になりかねないから。

「はぁい。天さんのお願いなら、何だって聞いちゃう……っと、イロハ姉さんとした事が忘れる所だったわ」

 ぽん、とイロハは豊満な胸の前で手を叩くと、何故か胸の谷間に腕を突っ込んで文らしき物を取り出した。

 あまりの豪快さに、普段膝下を露わにしている星乃も驚き、固まった。

「実は、イロハ姉さん……もう一つ依頼があったのよ」

「そっちが本命か?」

「ええ、スバル君は天さんが絡むと面白いから、つい……。それに、あの子のお姉さんに一人で行けるか心配だから、って別で依頼代貰っちゃったから、まあ物のついでにね」

 同じ依頼で二人から依頼料取ったのか。星乃もやらん手法を平気でやってのけるとは、やはりこの女苦手だ。

 言葉通り、イロハの本命はこちらのようであり、彼女はわなみの前に文を差し出した。

「詳細はそこに書いてあるわ」

「詳細って、何です?」

 ひょこり、と星乃がわなみの脇の下から顔を出してイロハを見上げる。

「それは、イロハからは言えないわ。何故なら、イロハはただの情報屋。欲しい、って言った人に高くて早くて安心の情報を提供するのがお仕事。ここからは、貴方達鑑定屋の出番……でしょ? 天さん」

「ああ。ここからはわなみの見せ場だ」

 ひらり、と「浪漫」の文字が刻まれた羽織を翻し、わなみは両手で扉を開く。ちょうど風が店内に入り込み、「浪漫」の文字が雅に舞った、その時――


「あ、あの……」


 ずっと店の前で待機していたのか、高そうな藍色の着物を着た少女が立っていた。編み込んだ栗色の髪を桜の簪でまとめ、金色に光る帯留めが日差しに反射して高貴な光を放った。

「あら、来ちゃったの。待っていて、って言ったのに」

「ごめんなさい、情報屋さん! でも、一人で待っていると不安で……」

「あら、いいのよ。行動力にある子は、イロハ姉さんだーい好き」

 どこか艶ぽい笑みを浮かべ、イロハは店先の少女に歩み寄る。そして、一瞬びくり、と肩を撥ねた少女の両肩を掴むと、ぐいっとわなみの前に差し出した。

「それじゃあ、天さん。紹介するわ。今回の本当の意味での依頼人にして……妖刀の持ち主さんだよ」



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