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妖刀・村正1-4

「単純に凶器というわけではなさそうだな」

「ええ、流石天さんね」

 イロハがわなみに笑顔を向けると、わなみとイロハの間の視線を邪魔するように星乃が割り込んだ。

「へ、へえーどういう意味なんですかー? 星乃ちゃん、すっごく知りたーい」

 何で棒読みなんだ。

「イロハ姉さんの素敵情報によると、辻斬りに遭った被害者の死体は、焼き魚の如く骨から肉を削がれ、それこそ見るに堪えない無残な光景で……」

「やめて! しばらく秋刀魚食べられなくなるじゃん!」

 と叫ぶ彼女を無視し、イロハは続ける。食事中の方、すみません。

「目撃者の証言では、通り魔が持っていた刀身は夜闇と混ざり合ったような紫の光を放ち、まるで狐にでも取り憑かれたように狂気的な笑い声を上げて、一刀両断していったそうよ。そのせいか、今首都ではこういう噂があるの。〝あれは妖刀に取り憑かれたんだ〟って……」

「まるで怪談だな。だが、話は分かった」

 ようするに、辻斬りは妖刀に操られて無差別に人を襲っている、と噂されている。金埼のような田舎町ではまだそこまでの情報はまだ流れてこないが、人の集まる首都では物好きや恐怖心からそういう噂が流れても致し方ない。

「それで、お前はわざわざこんな田舎町まで辻斬りを追いにやってきた、という事か? そういうのは警察まっぽ)の仕事だ。素人が首を突っ込むな」

「誰が子供だ!」

 言っていない。

「妖刀伝説。それだけで、僕らが動く理由には事足りる」

「村正、か」

 確かにここ最近「これは村正」ではないか、という問い合わせが多かった。だが、これで理由がはっきりした。

「最近若い奴らから村正の鑑定依頼がきているのは、妖刀伝説のせいか」

「やはり、お前の所もそうか。僕の所も、村正じゃないかってたくさんの依頼人が来た。そのどれもが全く違う刀だったが」

「妖刀伝説の影響で、旧時代とは逆の事が起きているというわけか」

「御主人。どういう事ですか?」

 鑑定士同士の会話に、星乃は説明を求めるように分かりやすく首を傾げた。

「かつて村正が妖刀と言われ、騒がれていた事は知っているな?」

「はい。たしか、徳川さん家と因縁があったせいで、徳川に仇なす刀として大量の村正が処分されたんですよね?」

「ああ、腹の立つ事にな。そもそも妖刀など、徳川の勝手な言いがかりに過ぎん」

 村正が妖刀と言われたのは、その切れ味にある。当時、村正は恐ろしくよく斬れると評判だった。だが、それだけでは「名刀」であり、「妖刀」とまでは言われない。呪われている、と言われたのは、徳川との因縁にある。

「徳川家康の祖父や父の暗殺、息子が切腹する時に使った介錯、さらに家康自身村正で指を傷つけている……そのせいで、村正は徳川を呪うと言われ、所持を禁じられていた」

 今思えば、言いがかりも甚だしい。刀は武器だ。使う時は用心しなくては斬れるのは当然であり、暗殺や介錯刀など後付けの理由に近い。家康許すまじ。

 ――あいつ、名刀たくさん所持していたし。ああ、羨ましい。

「あら、天さん。でも、それって徳川家の作り話で、本当は村正の独占を狙って、わざと妖刀っていう俗評レッテルを張る事で村正を収集したのでしょう?」

「まあ、説は様々だな」

 イロハの言う通り、妖刀は後付けの逸話であり、本当は村正の独占を狙ったとも言われている。現に、徳川の遺産には多くの村正があり、中でも妙法村正は高い評価を受け、「重要美術品」認定も受けている。

「話を戻すぞ。村正の逸話のせいか、世間一般では妖刀と言われれば村正を連想する。そのせいで、最近<妖刀・村正>に注目が集まり……このように鑑定依頼が集中した……だろ?」

 確認の意味を込めてスバルに話を振ると、彼はぱぁ、と花が咲くような笑顔になった。おおかたずっと会話に入れなかったから、単純に話を振ってもらって嬉しかったのだろう。そういう所が子供なのだが。

「ああ、そうだ。妖刀という怪しい魅力に取り憑かれ、妖刀を求める連中も多い。今じゃ、村正の価値も上がりつつある。そうなると、どうなるかくらい分かるだろ?」

「贋作が多く出回る、という事か」

 先程の大学生といい、「これ、村正ですか」という鑑定依頼が増えている。そのどれもが贋作だ。虎徹の時と同じだ。流行ゆえに量産され、贋作が増えた。

「それで、目的は何だ? イロハを雇ったのは、何も道案内だけではなかろう」

「当然だ。今回、僕の元にとある依頼がきた」

「依頼だと?」

「とある華族が、村正を欲しがっている」

「ちょっと待って下さい。それって……」

 星乃が顔を青ざめた。確かに正気の沙汰とは思えない。だが、ああいう連中が正気でない事は、わなみが一番よく知っている。

「ああ。依頼は、今回の辻斬りの妖刀の鑑定だ。もし本物の<妖刀・村正>なら、その鑑定書付きの刀を買い取りたい、との事だ」

 やはり、か。悪趣味な連中の考えそうな事だ。

 彼はまたずれ落ちてきた紳士帽子シルクハットを戻すと、殊勝な笑みを浮かべた。

「勝負だ、鎬木天虚。今回の依頼、お前にも参加権をくれてやる」

わなみに、辻斬りの刀を鑑定しろって言うのか?」

「辻斬りがこの町に潜伏している事は確かだ。どのみち放っておけば、また犠牲が出る」

「でも、それって警察の仕事でしょ! 御主人は、鑑定屋なんですから……」

 と、星乃がそこまで言った時。わなみとスバルは、同時に反論する。

「違うぞ」

 珍しく息が合った。スバルはそれをよく思っていないようだが。

「今回の事件。一番の被害者は、村正だ」

「僕らは鑑定士。これ以上、名刀に妙な評価がつくのは見過ごせない。だから、村正の名誉のためにも……」

「ああ、そのためにも辻斬りを……」


わなみが……」

「僕が……」


「ぶっ飛ばす」


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