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妖刀・村正1-2

「あー、さっきので何件目でしたっけか……」

 作業机付近の椅子の上で猫のように身体を丸めながら星乃は呟いた。その手元には鑑定簿がある。金にがめつい星乃は金銭が絡むと真面目(?)に仕事をする。特に経理をやらせてみれば、結構丁寧に結果を出すため、金銭や面倒な小作業は彼女に任せている。がめついが。

「珍しいな」

「集客率ですか? 確かに今日だけで五人ですからね……」

「いや、お前の反応だ。鑑定代が入ればいつもはしゃいでいるだろう」

「だって、鑑定代って言ってもみんな贋作の、それも安物。入るって程の代金入らないじゃないですか。しかも相手はみんな学生だから、御主人の請求甘々だし」

 それでやる気がないのか。いや、やる気がないのはいつもか。

 そちらの方がはるかに問題あるが、大人しいに超したことはない。いつもは「お金、お金」と騒ぎ、わなみの作業の邪魔しかしない。

「でも、御主人。なーんか妙じゃないですか? 最近、これは村正じゃないか、って鑑定ばっかで、それも全部安物の贋作……」


「それは、巷を騒がせている事件のせいじゃないかしら」


 女にしてはやや低めの声が聞こえ、同時に顔を上げると――扉の鈴の音色と共に、見知った顔があった。

「イロハ嬢……」

 髪の色は黒というよりも暗い青色であり、一つに結った髪の結び目には蝶の髪留めが光る。極端に長い前髪のせいで左目が隠れてしまっていて分かりにくいが、彼女の瞳は左右で色が異なっており、右目は桜色、左目は檸檬色。全ての色がばらばらである。そのせいか、そこにいるだけなのにかなり目立つ。

 それに加えて――闇から浮き出たような黒一色の忍装束。袖がなく、白い肌が大胆に露出している。露わになっている左の肩から肘にかけて蝶の刺青が目立つ。白い肌の上を舞うように彫られている蝶は、今にも何処かへ飛んでいきそうだ。

「お久しぶりね、天さん」

 豊満な胸元を揺らしながら、彼女――イロハは、作業机まで歩み寄った。

「情報屋のイロハさんが、何でここに……。御主人、何か情報頼んでましたっけか」

 彼女――イロハは、表と裏両方に名の知れた情報屋だ。色んな業界に顔が利き、鑑定界でも有名だ。短時間で確かな情報を入手出来、情報屋としては信用出来るのだが。

 一つだけ、この女には問題がある。

「うーん……天さんに会いたかったのは本当なんだけど、今日のイロハはただの案内人よ」

 星乃の問いに答えると、イロハは後ろに視線を移動させる。イロハの視線を追うと――また扉の鈴が鳴った。


「まったく……相変わらず小汚い店だな。鎬木先生が泣くぞ」


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