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脇差・長谷部国信1-6

「やはり、ここにあったか!」


 男にしては少し高めの声が聞こえた。

 最初に店に入ってきたのは、背丈の低い青年。年齢は二十代後半くらい。良い素材のセーラーパンツに、山高帽子。立襟の洋シャツの上に派手な色の背広を羽織った男は、これみよがしに優雅な動きで、入口付近に立った。店の面積的に全員入れない事は了承済みなのか、厳つい男を三人ほど従え、青年は店全体を見渡し――、小馬鹿にしたように鼻で笑った。

 そして、青年の視線が作業机の上の脇差と、その付近にいた果南へ向かうと――即座に欅が彼女を背に庇った。

 ――さっきもそうだが、こいつ商家の使用人の割に動きが良いな。

 まさか、こいつもそうなのか。

 ちらり、と両手を懐に突っ込んでいつでも二丁拳銃を取り出せる状態の星乃を見やる。彼女は少しでも相手が変な動きを見せたら問答無用で狙い撃つつもりだ。腰を低くし、全員の動きを注意深く見る目は、少女のものではない。

「星乃……人数は分かるか?」

 わなみが小声で訊くと、彼女は一瞬だけ目を閉じて意識を聴覚に集中させる素振りを見せた。が、それは束の間であり、すぐに目を開き、窓に映る人影を一瞥した。

「裏口含めて、ざっと十人弱。全員武装しています」

「そうか。なら、仕方ない」

 わなみは作業していた時に少しだけ肌蹴た「浪漫」の字が刻まれた羽織を脱ぎ――「鑑定」の字が刻まれた羽織を肩にかける。そして、抜け身の脇差に一礼した後、それをそのままの状態で放置し――作業机を飛び越え、青年の前まで移動する。

 ひらり、と羽織が舞った。それを見惚れるように、後方にいる星乃や果南、欅の目が大きく見開いた気配がした。

「君が、ここの店主かい? なら話は早い。僕は誇り高き沼倉家が子息、沼倉良太だ! 本来なら君みたいな下々の者が直接口を聞いていい存在ではないが、僕は寛容だ。発言を許可しよう」

 また面倒な奴が出てきたな。それに――高そうな香水がきつく、これ以上同じ空間にいたら匂いがうつりそうだ。羽織にうつる前にこいつを外に出すか。

「君だね? 僕の邪魔をした無粋な奴は。まったく、こんな貧相な奴がよくも僕に立てつけたものだ。無知は罪、とはよく言ったものだ……」

「おい」

 みしり、とわなみは背丈の低い青年――沼倉良太の頭を鷲掴んだ。

「即刻表に出ろ。これ以上わなみ愛蔵品コレクションに匂いをうつしてみろ? 埋めるぞ」

「…………………………はい」



 意外にもあっさり沼倉は引いてくれ、今は店の外で対峙している。店を背後にわなみと星乃、抜き身の脇差を布に包んだ状態で腕に抱く果南と欅。対する沼倉と、彼が金で雇ったチンピラ風の男達が店の前を囲む。本当なら果南だけでも裏口から逃がしたいのだが、星乃が言うにそちらも固められているようだから逆に危険だ。

「さ、さあ、気を取り直し……もう目的は分かっているね?」

「ああ。この小娘を嫁入りさせる事でこいつの所持する脇差と倒産する寸前の東宮が独自に持っている商流ルートの確保……だろ。やる事がせこいな。とんだ格安野郎だ」

「この僕に随分となめた口を利いてくれるな。だが、分かっているなら話は早い」

 と、彼は男達に合図を送るように片手を上げた。

「その脇差は『浪漫財』。この僕が持つに相応しい。邪魔する奴は全員叩きのめせ」

「おい、御曹司。一つ聞かせろ」

 ずっと果南を背に庇っていた欅が、一歩前に出た。

「お前、本気で狙いは東宮の家宝であり、お嬢様個人ではないのだな?」

「はんっ! 何を当たり前の事を。この華族である僕が、本気でそんな貧相な女を相手にすると思ったのか?」

「んな! でも、果南さんに求婚したんでしょ!」

 吠える星乃に対し、今回で何度目か分からない嘲笑を浮かべた。

「求婚? それは平等な者同士が交わすものだろう。僕とその女じゃ住む世界が違う。脇差の名義さえ僕に譲れば、用済みだ……と言いたいところだが、僕も鬼じゃない。妾程度の情けはくれてやる。まったく、当たり前の事をわざわざ言わせるな。僕は忙しいんだ。あのまま大人しく黙れていれば良かったものを、とんだ手間を……」

 そこまで彼が言った時――銀色の光が彼の頬を掠った。つぅ、と流れた紅い線に、彼は初めて自分の頬が鋭利なもので傷つけられた事を知った。おそるおそる彼が振り返ると、地面に羽根付ペンが刺さっていた。先端は尖っているが武器として使えるとは思えない。それを可能にしたのは、きっと彼――欅の一種の才だろう。

「そうか、それを聞いて安心した」

 欅が笑みを零し、右手から複数の羽根付ペンを出現させた。器用に指の間で挟み込んだそれをナイフ投げのように構える。

「もしお嬢様を幸せにする気持ちが一欠けらでもあったら、使用人としては心苦しいところだが……お前のようなクズ野郎が相手なら、痛む心もないわ!」

「ひっ……」

 彼は小さな悲鳴を上げて一気に後退した。そして、ずっと待機を命じていた男達に向かって叫んだ。

「何をしている! 早く何とかしろ!」

 欅に恐れを抱いたのは彼だけではなく、チンピラ達も躊躇を見せた。が、すぐに頭を切り替え、それぞれ拳銃や片手ナイフなどを取り出し、欅を囲んでいく。

「御主人、あの人……多分私と同じです」

 星乃が二丁拳銃を構えながら言った。

「何もなくて、何かを手に入れた。だから、そのためなら命を懸ける」

「ああ、あの動きは……一日二日で身につくものじゃない。長い間、闇に身を落として初めて身につく。星乃、分かっていると思うが……」

「はい、大丈夫です。今の私は、御主人の助手ですから」

 それが互いにとっての合図となり、わなみは脇差を護る果南の傍へ、星乃は欅の元へ突っ込んでいった。

「加勢しますよ、お兄さん!」

 軽い身のこなしで舞うように星乃の身体が男達の頭上を飛び越えた。そして、近くの壁を伝って一気に間合いを詰める。少し遅れてから星乃を捕まえようとした男達の腕は星乃を掠りもせず、空気を掴むだけである。

「さあ、資本主義の強さ……思い知りなさい! 星乃ちゃん必殺……超乱射!」

 と、空中で満足で動けない状況の中、星乃は宙を舞いながら二丁拳銃で一気に乱射した。至る所でうめき声が響いた。しかし、あまりの速さに振袖から直接銃弾が飛び出しているように見え、反応した時、既に相手の意識は深い底へ落ちている。一応名誉のために言っておくが、星乃が使っている銃弾は実弾ではなく、麻酔弾なので心配は ̄ ̄


「うわ、くっせえ! 何だ、この銃弾……加齢臭くさい! 娘に嫌われる!」

「このペイント弾、花柄かよ! もう外歩けねえよ! だせえ!」

「おい、麻酔弾の中に実弾混じっているぞ!」


  ̄ ̄知らない。わなみ、知らない。

 星乃が地上の着陸した時、異臭で心を折られた者、ペイント弾で目隠しされた者など、彼女の放った銃の効果で一部は膝をついた。

「ほう……」

 星乃の動きを見ていた欅が、背後の敵の額に裏拳を食らわしながら感心するように呟いた。

「その動き……やはり、お前も……」

「詮索を後ですよ! 貴方が果南さんの刀であるように、私だって御主人の銃なんですから!」

 星乃は空中で乱射すると、間近にいた男の頭を踏み出しにして地面に着地した。


 ――この分ならあっちは問題なさそうだな。


 星乃だけでもチンピラ十人弱程度なら何とかなるが、そこに欅も入れば時間の問題だ。


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