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脇差・長谷部国信1-3


 ひとまず二人を店内に入れると、特に接客用の席などがないため、作業机を挟んだ客用の椅子に座ってもらった。

 けやき――と呼ばれた男はその扱いが不満なのか、先程から刺すような視線でわなみを睨む。

「わ、私は、東宮果南とうぐうかなん。こっちは、欅」

 重たい空気を壊し、震える声で彼女――果南は、話し始めた。

「先程は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」

「それで? 果南さんは何で追われていたんですか? 内容によっては助けてあげるられるかもですよ? まあ、支払いによるけど」

「星乃、しばらく黙っていろ」

「了解です。無言料を後で請求すればいんですね? 任せて下さい!」

「その前にお前は空気を読め。痛いから……視線が」

 星乃が話す度に視線だけで人を殺しそうな鋭い眼光が、わなみらに突き刺さる。同じ事を思ったのか、果南が隣の欅を宥めた。

「欅……あまり睨むのは……」

「しかし、お嬢様……」

「お嬢様って事はお姉さんとお兄さんは……」

「あ、はい。私は東宮果南。商家の娘で、彼は私の家で住み込みで働いている欅です」

 星乃の問いに、柔らかい笑みで彼女――果南は答えた。

 しかし、見た感じ二人の関係はただの主の娘とその使用人だけではなさそうだ。ワケあり以上に、二人の間にはおよそ他人が踏み入れてはいけない何かを感じる。

「私は星乃ちゃんです。『鎬木鑑定屋』で事務やら経理やらやっている敏腕助手さんです。そして、こちらが鑑定屋の主、鎬木天虚さんですよー」

「鎬木、って事はやっぱりここが……」

 星乃の言葉に希望を感じたように果南は目を輝かせた。

「いえ、お嬢様。別人です。俺の知る鎬木はもっと年上の筈です。顔は覚えていませんが、俺にこれをくれた人はこんな若造では……」

 と、欅が懐から一枚の紙を取り出した。

 古ぼけた紙には、『鎬木鑑定屋』の略図が描かれているが、手書きのせいで子供の描いた落書きみたいだ。

 ――この美しくない絵と字は、まさか……。

「これって、紹介状……ですよね?」

 星乃が横から覗き込んだ。

「ああ、〝また〟あの人か……」

 わなみががっくり、と効果音つきで肩を落とすと、慰めるように星乃が肩を叩いてくれた。

「くれた、って事は、お前……先代に会ったのか?」

「ああ。昔、仕事で『浪漫財』絡みの警護に当たっていた時にな」

 経緯はこうだ。欅が、顔も覚えていない幼少時に「とある出来事」をきっかけに先代に出会った。その時、「もし鑑定関連で困り事があるなら、いつでも頼れ」と先代から招待状を貰った、との事だ。

「あの時は俺も幼く、その人の顔は覚えていない。が、信頼に値する人物だという事は覚えている。特に、今回のような場合はな」

 そこで欅は一度言葉を切ると、品定めするような視線でわなみを見やる。

「先代、という事はあの人は引退したのか?」

「引退というより、趣味に走ったに近い」

「え?」

 果南と欅は同時に声を漏らした。

「あの人は無類の美術品好き。ある日、各国の美術品を集めて自分だけの愛蔵品コレクションを作る、と言い残し、海外に飛び出した」

 正確には、わなみが認定鑑定士の資格を取ってまもなくすると、突然「もうお前に教える事はない。つまり、後は任せた」と言うだけ言って、ほぼ無理やり『鎬木鑑定屋』を継承させた。その後は気ままに気に入った美術品を集めるために旅をしている。たまに手紙と、海外の珍しい美術品が届く程度であり、音沙汰は滅多にない。

 そして、先代は現役時代に宣伝を兼ねて紹介状を至る所にばら撒いており、こうやって先代の引退を知らない依頼人が遠方から訪ねては混乱を生むという迷惑行為を繰り返している。旅先でもばら撒いているらしく、たまに海外から訪ねてくる人もいる。その点は先代がまだ年若い二代目へ協力している風に見えるかも知れないが、全然違う。

 何故なら、先代絡みの案件は、大体が ̄ ̄いや確実に面倒事であるから。

 そして、玄関先に騒動から察するに、今回もかなり面倒な事件の匂いがする。

わなみは二代目、鎬木天虚。この紹介状は、先代が渡したものだ。が、『鎬木鑑定屋』は不滅だ。二代目店主として、『鎬木鑑定屋』の名に恥じない仕事をしているつもりだ。ここに来たという事は、何か鑑定してほしいものがあるのではないか?」

「ふんっ! 俺が依頼にきたのは、お前ではない」

「んー、でも先代さんは『鎬木鑑定屋』を頼れ、って言ったんですよね? じゃあ御主人で合っているじゃないですか」

「そ、それはまあ……そうかも知れんが」

 星乃の指摘に、意外にも欅はあっさり折れた。

「そうよ、欅。欅が信頼出来るっていった先代さんが認めたお方なのでしょう? なら、きっと……この子を託せると思うの」

 そこで初めて果南は外套の中に隠していた棒状の青い布袋を表に出した。

「しかし、お嬢様……」

「私も、彼の事は信用出来るって思う。それだけじゃ、駄目かしら?」

「いいえ! お嬢様がそう仰るなら、そのお心に従うまでです」

 彼は座りながらではあるがその場で跪くように片腕を胸に当てて頭を下げた。



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