「もう御主人ったら! 少しは私を労って簪の一つくらい買ってくれてもいいのに」
と、星乃は頬を膨らませながら歩く。買ってやったのに何だこの損した気分は。
――無駄な出費をしてしまった。
本来の目的は鑑定に必要な資材が切れたためそれの購入だったのだが、ついてきた星乃が通り道にあった店の前で騒ぎ出し――今に至る。
竹細工店は鑑定屋から目と鼻の先のせいで、騒げば騒ぐ程恥ずかしい結果になる。
「そういう事はまともに働いてから言え。全く、最低価格だぞ」
「ふっ……御主人の鑑定眼もまだまだですね。私はこれから輝くんですよ。昔から言うじゃないですか。可愛い子にはお金をあげよ、と」
「言わん。そもそもお前が来てから無駄な出費が多くなっただけだ」
「いえ、それは御主人が骨董屋や古書屋で衝動買いするからです」
「う……」
言い返せない。確かにふらりと立ち寄った店から帰宅すると、可愛い浪漫ちゃんが増え、反面懐が寂しくなる事はよくある。
「まったく、御主人は。自分の
「そうか。そんなに働きたいか。なら、
「し、職権乱用だ! でも今日は簪買ってくれたから、特別に文句言いながらもやりますね」
「文句は言うのだな」
そんな事をしている間に店に到着した。
「あ、あの!」
声に反応して振り返ると、二十代前後くらいの娘が立っていた。
桃色の着物と紺色の袴。赤色の外套を羽織っており、ぱっと見ただけで上質な布だと分かる。
肌は蝋人形のように白く透き通っており、加えて瞳は硝子玉のようで、腰まで伸びる黄金色の髪からは時折花の香りが舞う。
「あの、ここが……『鎬木鑑定屋』で、間違いないですか?」
怯えか疲労か、震えた声で彼女は問うた。最初は外套のせいで気付かなかったが、両腕に棒状の何かを抱えていた。そして、
「いかにも。『鎬木鑑定屋』が店主、鎬木
「よ、良かった。本当にあったんだ……」
と、彼女が胸を撫で下ろした直後――路地裏から大勢の気配がした。同じ事を星乃も察したのか、星乃はすぐに
「見つけたぞ……!」
予感は的中し、黒服の男が五人ほど飛び出してきた。目つきが鋭く、頬や額に傷跡があり、一般人には見えない。
「おい、お前ら! そこをどけ」
無意識に彼女を背に隠すと、男が常套句を吐いた。
「御主人。そのお姉さんを連れて、早く店の中へ」
「ああ、程々にな」
驚く彼女の肩を抱いて素早く店の中へ入ろうとすると、キョトンとした彼女の視線と咎める男達の視線が一斉に
「あの、大丈夫なんですか?」
扉を解錠して先に彼女を店内に入れると、案の定不安そうな顔がそこにあった。
「ああ、問題ない。何故なら……」
「何だ!? 関係ねえ奴はすっこんでいろ!」
「そちらこそ、誘拐ならよそでやって下さい! ちなみに、身代金いくら請求するつもりですか?」
「こっちは遊びじゃねえんだよ! 帰れ、ぶす!」
「んだとごらぁ!?」
「え、ちょっ……」
「もういっぺん言ってみろや! 事と次第によっちゃ、罵倒代請求するからなっ! オラ、飛べよ! 飛べっつってんだろ!」
「兄貴! このクソア……イッ!」
「必殺、資本主義ック! 資本主義ック! 資本主義ック!」
「それ、ただの蹴りじゃ……痛い! 肘と足の小指はやめて! 気をつけろ、こいつ地味に一番痛い所を……」
「問題、ない」
違う意味の問題はあるが。
扉を少しだけ開いて外を覗くと、明らかに気質でない風の男達が地面に横たわっている。その内の一人の胴体を踏んで高笑いしているのが、うちの助手。ああ美しくない図だ。
「さあ、星乃の口座に振り込む準備は出来ました?」
星乃が男の頭を踏みつけながら、言い放った。
と、その時――もう一人隠れていたのか、後ろから星乃を狙った男が拳を大きく振り上げた。
「星乃!」
新手か、と思った直後――聞こえたのは男の悲鳴の方だった。
「まったく。子供相手に大人げない」
と、怒りを含んだ低い声が響いた。
男の拳が星乃に振り落とされる寸前で男の腕を捻り上げた青年は、軽く男の腕を引っ張ると、その大柄な図体を蹴り上げた。男の身体がちょうど仲間の近くに叩き付けられると、ゆっくりと男達に近付き、彼は言った。
「今すぐ去れ! 首と胴体が繋がったままでいたかったらな!」
青年の怒声に驚いた男達は、一斉に逃げ出した。中には気を失っている人を引きずりながらとんずらする男もいた。
男達を一喝した青年はゆっくりとこちらを振り返った。
極端に長い前髪で右目が隠れた、紺色の和服の青年。年齢は二十代後半くらいであり、どこか人を見下した目をしており、それなりの闇を背負っている事が空気から感じられる。
「あ、ああ……良かった」
後ろから彼女が安堵した声を漏らすと、
「欅! 無事だったのね!」
「当然です。貴女が来いと仰るのなら、それに応えるのみ。俺は、貴女の……」
「あ、あのー」
熱い抱擁を繰り広げる二人の甘い空気を壊し、星乃がおずおずと手を上げた。
「とりあえず、中入りませんか?」