目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

太刀・雷切1-9

 わなみが鑑定結果を口にすると、周囲で歓声に近い声が至る所で上がった。おそらくこの中で一番実感のない五鈴は、ぽかん、とした顔で太刀を持って呆けている。その彼女の周辺に、数時間前に彼女を嘲笑した令嬢達が集まり、「凄いじゃない!」「『浪漫財』って事は、貴女も華族の一員ね!」「家名をお聞きしてもよろしくて?」と手の平返した質問が飛び交うが、聞こえていないだろう。

「……めん」

 その時、葛切が小声で何かを呟き出した。

「認めん、認めん、認められるか! 私は華族だ! これは雷切だ! お前のような男の言葉など……」

「失礼ですね! 認定鑑定士の出した答えは、絶対! そんなの、華族の貴方が一番知っている筈でしょ!?」

「黙れ、小娘! 大体、そんな薄汚い愚民の持つ刀が、『浪漫財』だと!? そんなの、あり得ん! 『浪漫財』は我ら華族が持つに相応しい、華族の物だ!」

 ふいに、葛切の視線が五鈴の腕の中の太刀を捉えた。葛切はにんまりと笑うと、五鈴の太刀に手を伸ばしながら突進し――

「いってぇ!」

 寸前でわなみは鉄扇で葛切の手を弾くと、図体も一緒に転がった。

「どうやらまだ分かっていないようだな。『浪漫財』だから貴重、名称の使っていた刀だから名刀……揃いも揃って名前しか見とらん」

 ちらり、と見ると、まさか贋作だとは知らなかったのか、呆けている取り巻きと、公開鑑定で贋作評価を受けた男を軽蔑した目で見る華族の娘達が遠巻きでこちらを凝視していた。

「葛切殿。お前、これ一振りだけではないな? この展示会の刀、ほとんどが贋作だろ」

「……っ」

 図星か。葛切は、言葉を失った。

「贋作って……!」

 その時、会話をずっと聞いていた華族の娘が声を上げた。

「贋作って、そんな事!」「どういう事ですか? 葛切様。貴方は古刀ばかりを揃えた大変貴重な展示会だって」「そうよ。だから、私達は遠方から来たというのに」

 口々に華族の娘を中心に葛切を批判した。その空気には覚えがある。数時間前、五鈴を嘲笑したものと同じだ。

 ――物は言い様だな。

「御主人。贋作って、全部ですか?」

「全てを見たわけではないが、ほとんどが贋作だ。一部は真作もあったがな」

 贋作といっても、出来映えはよく、中には旧時代に作られた『浪漫財』に該当する品もあった。まあ本人は気付いていないようだが。

「つまり、お前達は、名前しか見ていない。だから、本当の価値に気付けないんだ」

「そ、それがどうした! 『浪漫財』の刀と知ればほいほいついてくる! どうせ名前ばかりで、物の価値など知らん連中ばかりだ。そんな連中、贋作で十分だろ! 現に、贋作風情で満足していた。何が真作だ、贋作だ。価値の分からん連中にそれ相応の物を用意して何が悪い」

「まあ、否定はせん。確かに、どいつもこいつも、名前ばかりで……刀の本質を見ようとしていない。しかし、それはお前も同じだろう。自分で招いた客を軽視し、自分が所有する刀剣を軽視し……言うに事欠いて、贋作風情だと? 本質を見抜けていないのは、お前の方だ」

 贋作が真作に劣るとは限らない。確かに贋作は真作になれないが、真作よりも高額で取引される贋作だってある。

 真作か贋作か――それ以上に、その刀を見ないと、刀の本当の価値は分からない。

「おい、お前達! 誰でもいい、あの刀を奪え!」

「しかし、葛切様……」

 暴君主の言葉に、流石に周囲の目を気にし始めた取り巻きが狼狽えた。それは、〝彼女〟にとっては大きすぎるスキであり、星乃が真後ろの男の顎に向かって左右の足で蹴りを食らわせた。あの小柄な身体の何処にそんな力があるのか、星乃に顎を蹴り上げられた男二人――たしか警備の男だ。荒事には不向きだったようで、蹴りの衝撃に耐え切れずに背中から倒れた。

「御主人、五鈴さん!」

 星乃が地面を蹴って五鈴のすぐ目の前で着地した。そして、素早く彼女を背に庇う。

「何をしている! 早く刀を……」

「渡すわけないだろ! こいつは爺ちゃんからあたいに受け継がれた、あたい達の家宝だ! かつての旧友との絆の象徴……それがどれだけ大切か、今日はっきりと分かったよ。だから、今度はあたいがこの子を護るんだ!」

 五鈴の威嚇に怯んだ葛切は、少し遅れてから唯一残っている取り巻きに指示を出すが――それを一喝するように銃声が鳴った。

 室内では大きすぎる音にわなみと星乃を除いた全員が恐怖で身を固くする中、銃声の正体――二丁拳銃を天にかざす星乃が、にんまりと笑った。

 彼女の頭上の天井は焦げた跡があり、ここにいる全員がいつ発砲したのか分からなかっただろう。わなみも、気付かなかった。

「私は狙い撃つのが得意です。やるっていうなら、それ相応の覚悟をしてもらいます」

 彼女の持つ拳銃は西洋の旧式拳銃であり、小振りなせいで装填出来る銃弾は少ない単発式の拳銃だが ̄―その使い古された装飾といい、微かに香る硝煙の香りといい、実にいい。白い装飾のせいで汚れが目立つが、そこが逆に趣があって余計に銃の持つ静かな闘志を表している。星と花を模した紋章も芸術的で見た目も十分だ。ああ、頬ずりしたい。

 ちなみに、あの拳銃は星乃が裏競場オークションで競り落とした品物らしく、どんな物でもすぐに換金する彼女にしては珍しく肌に離さず持ち歩いている。

「星乃。室内だ。銃だと不利な事くらい分かっているだろ?」

「ええ、ですから、星乃ちゃんとっておきで、一撃で決めてさしあげます!」

 本気でやりかねない彼女に、取り巻きの男達は応戦しようと懐から拳銃を取り出そうとするが、それが服の外に出た途端に銃声と共に床に転がった。銃声に驚いた華族の娘達が悲鳴を上げるが、その時には星乃は既に新しい銃弾を装填していた。

 星乃は銃身を振り回すように回転させ、取り巻きの男二人に銃口を向ける。

「今度は撃ち落とすくらいじゃ済ませませんよ」

「く……っ」

 取り巻きの男達は心が折れたように、その場で膝をついた。

 そのあまりに早すぎる展開に、何故か今度は華族の娘達から賞賛の声が響いた。「やだ、かっこいい」「葛切様にはがっかりしましたけど、良いものを見させてももらいましたわ」「あら、私は最初から怪しいと思ってましてよ」――次々に聞こえる薄っぺらい言葉に、わなみは小さく溜め息を吐いた。

 そして、軽く前髪を掻き上げると、野次馬の華族達を見る。

「お前達も同じだ」

 わなみの言葉で、その場は一瞬でしん、と静まりかえった。

 わなみを賞賛する華族の娘達を横目で見ると、何故か娘達は狼狽えながら視線を逸らした。

「名前ではなく、本質を見ろ。物は決して嘘はつかん」

 名品だから良品ではない。『浪漫財』だから価値が高いのではない。

「刀工が魂を込めて鍛えた刀を、今度は侍が魂を宿して戦い……そして、わなみらがその魂を読み解く。ゆえに『浪漫』なのだ。人が心血注いで生み出した物に、悪い奴なんていない」

 そこで一度言葉を切ると、背に庇っていた五鈴へと視線を戻す。

「五鈴。お前は刀の名前じゃない、お前が見ていたのはいつだって刀の本質……刀にのせた、人の愛情だ。それを読み解き、受け継いだお前は、他の誰よりもこいつに相応しい」

真作だろうと何だろうと刀剣を大事にしていた。刀への愛ごと継承した五鈴は、この中で一番本質を理解していた。

「お前は、刀だけじゃない。その刀の歴史と、その歴史の中で紡がれた人と人の絆ごと刀を大事にしていた」

「鑑定屋さん……」

 五鈴が、笑った。正直初めて見るかも知れない。何かを決意した――まったくもって美しい笑顔だ。

「あ、あの……」

 その時、おそるおそる令嬢達が声をかけてきた。

 が、どうやら声をかけられたのはわなみではなく、五鈴の方だ。彼女達は、恥ずかしそうに下を向き――五鈴に向かって頭を下げた。

「ごめんなさい! 鎬木様に言われて、気付きました。私達も、名前しか見ていなかった。その刀が、貴女にとってどれだけ大事か、どんな歴史を持っていて、だからこんなに美しいんだ、って……知ろうともしなかった」

「葛切様に食ってかかった貴女を見て、思ったの。私達も、華族の名前に恥じない娘にならないと、って」

 建前ではない。本気でそう思っている令嬢達は口々に謝罪し、五鈴に頭を下げた。華族が平民(『浪漫財』所持という点では華族でもあるが)に頭を下げるなど、滅多にない――というより初めて見た。その光景に小さな拍手が起き、わなみはつい呟いてしまった。

「なかなか、美しいじゃないか……」

「えっ……」

 わなみが呟いた途端、令嬢達が顔を真っ赤にして狼狽え始めた。中には貧血だったのか突然頭から倒れ出す娘もいた。

 ――よく分からんが、あとは使用人が何とかするか。

 わなみは羽織を翻し――鉄扇を景気よく鳴らした。

「これにて、鑑定終了」


「御主人! 放置しないで下さい! この天然たらし野郎!」

「給料下げるぞ?」

「うぐ……っ人質とは卑怯な!」


 後日、五鈴は『浪漫財』所持のため華族へと昇格するが――それを売り飛ばし、質屋を再建する事にしたらしい。今回の騒動が報道され、五鈴の店は世間から注目を浴び――そして、騒ぎを聞きつけた少年が、そこを訪れたとか、訪れなかったとか――。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?