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太刀・雷切1-8

「刀剣は刀工の地域によって大和伝やまとでん、山城伝、備前伝びぜんでん相州伝そうしゅうでん美濃伝みのでんの五つに分かれる。これを総称して〝五箇伝ごかでん〟と呼ばれる。そして、この太刀は、その中でも山城……今の京都。備前だと岡山だから、少し位置がずれている」

「そんなの、形だけで分かるんですか!?」

「ああ、土地によって、時代によって、それぞれ特色というものがある。そして、名高い刀工だからこそ、継承してきた技術によってその特色が出やすい」

かなりの鑑定眼を持っている奴なら一目見ただけで五箇伝・刀派・時代、全てを言い当てる事も出来る。そこまでの観察眼のないわなみは、一つ一つの素材から答えにたどり着かなければならない。まるで組絵パズルだ。無数にある欠片から、一つの作品を完成させる。

  ̄―そう、これで、こいつは……完成する。

「山城伝は主に天皇や貴族のために作られた物が多いせいで優雅な作風が多い。この太刀も、おそらく戦用ではなく、観賞用のものだったんだろう」

 あの見事な拵えも、それによるものだ。太刀と一言で言っても、平安時代の太刀は神社などの御神刀、貴族の象徴として使われいたものもある。特に太刀の拵えは、貴族の位の高さを示すために使われる事もあり、五鈴の太刀の拵えはその色が強かった。より美しく雅に魅せるかを考慮され、戦闘用というよりは装飾の類いだ。

「それが刀の凄い所だ。本来の使い道は人を斬るための凶器だが、それだけじゃない」

時代によって刀は形を変えていく。太刀から打刀へと変化していったように、その時代に合わせて移り変わっていく。用途が様々なため、何のために誰のために作られたかなんて、わなみが知る由もない。だから、わなみは聞くしかない。

 お刀様に、直接聞くしか出来ないのだ。


 何故なら ̄―物は嘘をつかない。

 あるがままの真実を突きつけるだけで、嘘をつくのも勘違いするのも、いつも人間の方なのだから。


「五鈴。わなみの言葉を覚えているか? かつて<太刀・雷切>の贋作を作ろうとした奴らがいた話を」

「え? う、うん。でも、それとこれと……って、まさかこれがそうなの!?」

「かつて、京都の清水坂の刀工を中心に、腕の良い職人集団がいた。しかし、まだ逸話らしき物がなく、見せ場さえあれば名匠と謳われただろうが、その機会がなかった集団がいた」

 刀工だけでなく、刀を鍛える鍛冶職人に研磨する研ぎ師に加え、鞘の専門職。それぞれ分野は違うが、腕の良い職人ばかりであり、その数二十二人。

「そいつらは、どうにか世間に出るために、当時世を騒がせていた雷切を自ら作り出した。しかし、結局は鑑定士に見抜かれ、彼らは罰せられた。その時、すり替えられた偽物も没収されたそうだが」

「それじゃあ、あたいの太刀は違う?」

 結論を急ぐ五鈴に、いい加減勿体付けるのをやめ、わなみは太刀から五鈴へと視線を移動させる。たったそれだけでわなみの意図を察した五鈴は、ふらり、と前に出る。彼女が動くと、後ろにいた男が止めようと腕を伸ばそうとするが――わなみが睨み付けると、意外にもあっさり引いてくれた。

 目の前に五鈴が来た所で、わなみは鑑定結果を告げる。

「これは、その時の職人が打った、雷切になれなかった太刀だ。いくら技術があるといえ、たった一度きりで成功したとは思えん。おそらく何度も本物と見比べ、より真実に近付けようとした」

 結局はばれたが。

「この太刀は、それと同時期に作られた、雷切を目指したが、雷切になれなかった太刀。つまり、雷切の贋作だ」

 わなみの回答を聞くと、突然葛切が笑い出した。

「ふっはははは! 贋作? なら私と同じではないか!」

「悪いが、否だ。五鈴の太刀は雷切が現存した時に作られた、旧時代の作品。それも、かなり状態の良い物だ」

 滅多に外に出される事はなかったが、それだけでは時間が刀剣を殺す。五鈴は知らないかも知れないが、これは五鈴の先祖が代々念入りに手入れし、愛情込めて護ってきたものだ。かつての友との約束を、何世代目にも受け継がせる――人と人との絆の結晶。

「だから、五鈴の太刀は美しい。大切に、大切に……ずっと護られてきた。それに引き替え、お前の太刀は、消失している事を良い事に贋作を作って誤魔化そうとした。つい最近の作品だから、偽物だから……とろくな手入れもせず、放置されてきた。たとえ新刀といえ、そこまで杜撰な管理では、鉄が死ぬ。お前の愛情のなさが、その太刀の価値を大きく損なった」

 そこで一度言葉を切ると、わなみは懐から鉄扇を取り出し、葛切へと先端を向ける。

「この史上最低価格野郎が! お前が買ったのは刀ではない、名前だけだ! 収集者コレクターとしての誇りがひと欠片でもあるのなら、少しは自分の愛蔵品コレクションに愛情を持て!」

「……っ」

 葛切が言葉を失い、その場で膝をついた。

 先程五鈴へ向かっていた嘲笑が、今度は葛切へと向かった。

「五鈴。一応確認だが、お前の太刀の拵えだが……これは最初からこうだったのだな?」

「う、うん。そうだけど、拵えってこの太刀の綺麗な鞘だよね? それがどうかしたの?」

「やはり、か。となると、お前の先祖の友人とやら、かなりの大物かも知れん」

「え?」

「あの太刀の拵えは、出来映えからして戦用ではなく、飾り……貴族なら位を示すため、武家なら大将が象徴として使うためのものだ。そして……」

 わなみは敬意を込めて太刀に一礼した後、拵えに戻す。そして、それを両手で抱え、五鈴に差し出す。

「この拵えは、〝糸巻き拵え〟といい……鞘の上部を柄の糸と同じ色の糸で渡り巻きに拵えだ。これは武家に多く、武家の権力の象徴とも言われる形状だ」

 特に桃山以降は大名の儀式用に、江戸時代でも武家が儀式で使用するものであり、斬るためではなく、魅せるために使われてきた。つまり――

「これは、武家が儀式に使っていた物だ。そして、この鞘に象徴するように刻まれている紋は、稲葉家の物……どういう経緯かまだは分からんが、これは稲葉家に由来する、武家の家宝級の宝刀だ」

「それって……」

 星乃が顔を青ざめ――しかし瞳は輝かせながら呟いた。

「かなりの、お宝?」

「ぶっちゃけ、この古刀展の刀全てを持っても太刀打ち出来ん額だ」

 太刀だけに。


「……えええええええええええええ!?」


 少しの間の後、全員が一斉に叫んだ。

 今の時代、家の価値を決めるのは『浪漫財』の数と質。そして、五鈴の太刀はその中でも高額で取引される上位の『浪漫財』に該当する。とんでもないお宝が隠されていたものだ。

「以上がわなみの鑑定結果だ。五鈴の太刀は稲葉家由来の『浪漫財』。刀工は……経緯は不明だが、雷切すり替え事件の時の実行犯らが作り、稲葉に縁ある武家へと渡った古刀。そして、葛切殿の太刀は、最近作られた雷切の贋作! 以上だ!」


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