目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

太刀・雷切1-7

 二階の真ん中にある硝子箱ガラスケース。この展示会で作業出来るのはそこくらいのため、その上に布を敷き、五鈴の太刀と、展示会の目玉とされる抜き身の太刀を並べておく。

 後ろには人質のつもりか、見守る星乃と五鈴の背後に銃を持った男が二人立つ。そして、その付近に葛切や警備の男達、そして少し離れた場所で華族の娘達が観戦している。

「まず五鈴の太刀だが、これはあらかたの鑑定はすんだ」

 造・鎬造り。反り・腰反り。刃文・直刃。

 ――それから……、っとこれはまだ先の方がいいな。

 葛切の太刀は拵えや柄はなく、茎まで見える状態の抜き身の状態だ。お蔭で手間が省けた。

 ――両方とも、銘は無銘か。

「葛切殿の太刀。これは、刃長は八七・九……確かに資料に残っている<太刀・雷切>と同じ大きさだな」

 形状は確かに五鈴の太刀に似ている。大きさも少しの差異があり、五鈴の太刀の方が少し大きく、また鉄の光の度合いも五鈴の太刀の方が鈍い。

 それと、もう一つ――五鈴の太刀と葛切の太刀、雷切と二つの太刀では、決定的な違いがある。

「鎬造りに、直刃。腰反り……ほとんど同じか」

 <太刀・雷切>もとい竹俣兼光は、献上した人物の名称が由来で「竹俣兼光」と呼ばれてはいるが、正確には「備前兼光」。

「<太刀・雷切>を鍛えたとされる、備前兼光は、南北朝中期の刀工だ。鎌倉時代から南北朝中期の四十年間作刀した、有名な刀工だ。お前達も名前くらいなら聞いた事があるだろ?」

「ええ、まあ。よく存じております」

 華族の葛切は武具の『浪漫財』を多く所持しているらしく、そのくらいの知識あったようで深く頷いた。

「先に五鈴の太刀からだが……。まず、備前兼光は、備前国を代表する刀工だ。が、五鈴の太刀……これは、備前物ではない」

「え……」

 わなみの言葉に、五鈴は落胆の、葛切達は喜びの声を漏らした。

 が、それは早とちりってものだ。

「否。結論からいうと……どちらも雷切ではない」

 一瞬で、空気が冷たくなった。

「ち、ちょっと待て! そこの小娘の刀はともかく私の刀は……」

「贋作、だろ?」

「……っ」

 刺すような視線でわなみの感情が伝わったのか、葛切は黙った。

わなみも舐められたものだ。一般公開されている雷切の資料を集めて作った新刀、それがお前の太刀だ。製造時は、つい最近のものだな」

「それって……ただの贋作じゃなくて、雷切の贋作をわざわ作らせたって事!?」

 星乃のわざとらしい大声に、周囲で鑑定を見守っていた華族や、真作だと信じ込んでいた彼の取り巻きが騒ぎ始めた。

「し、証拠はあるのか!? それが贋作だという証拠が!」

「証拠? 虚けが。そんなの……この太刀が、真実を語っている。それで事足りる」

 わなみの言葉に、葛切は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「まず、<太刀・雷切>は、安土桃山時代に活躍した刀で、正しい製造時期は不明だが備前兼光の作刀ゆえ南北朝中期が妥当。まあどちらにしても、鉄の若さからして、お前の太刀は近年に製造されたもの、それも一年も満たない事は、鉄を見れば分かる」

 葛切は予想外の展開だったのか、顔色ががらりと変え、親の敵でも見るような目でわなみを睨む。

「最初から妙ではあった。お前のような見世物感覚で鑑定をしたい奴なら、客寄せ鑑定をしているもう一人の方へ依頼に行くが、あえてわなみのような知名度の低い鑑定士を選んだ。その理由は報道メディアで代々しく取り上げられるとまずい理由があったんじゃないか?」

 わなみの言いたい事が分かったようで、星乃が「あ」と声を漏らした。

「星乃ちゃんも分かっちゃいました。貴方、最初から御主人を舐めてましたね? もう一人の偶像アイドル鑑定屋ならともかく、表に出たがらない御主人なら贋作を見抜けない、って」

 認定鑑定士の鑑定結果は覆せない。一度白だと報告したら、鑑定協会お墨付きの「白」がもらえる。この男はそこに目をつけた、というわけだ。

「どうせ、いっつも浪漫ちゃんハアハアしている変態鑑定屋の噂を聞きつけて、御主人の目なら誤魔化せるとでも思ったんでしょ! つまり、貴方が欲しかったのは鑑定士の出した鑑定書。それさえあれば、お客さんてんやわんやですもんね!」

 わなみの言いたい事を言ってくれた事は感謝するが、変態は余計だ。そう思った直後、小声で五鈴がわなみに向かって言った。

「あの、町内でも二代目は残念鑑定屋って有名だよ」

「……」

 人には興味ないが、今後少しだけ――本当に少しだけ人の目には気を付けよう。

「あ、だけど御主人。その説明だとおじさんが嘘ついていたのは分かりますけど、何で五鈴さんのも……」

「ああ、それは……この二つには、<太刀・雷切>にある特徴がないからだ」

 そこで一度言葉を切ると、次に五鈴の太刀を見る。

「先刻、かつて上杉景勝も、贋作にすり替えられたという話はしたな?」

 こくり、と星乃と五鈴が同時に頷いた。

「あの話には続きがある。あの時、当時の鑑定士が贋作だと気付いたのは、鉄の若さや形状からだけではない。<太刀・雷切>には、鎺金……」

 と、わなみは刀身が鍔と接する部分にはめる金具を指差す。刀身が鞘から抜けないようにするためのものだ。

「そこから鎬に向かって四・五センチほど、表から裏へと通じる小さな穴がある」

 当時の雷切の贋作騒動の時も、雷切にある筈の細い糸がぎり通るくらいの穴がない事が決め手となった。鑑定協会に残っている資料によると、馬の毛が通る程の極小な穴であり、鑑定士でなければ気付かなかっただろう。

「この太刀には、それがない」

「それじゃあ、あたいの刀も……」

「結論を急ぐな。そちらの太刀はともかく、お前の太刀にはまだ続きがある」

 わなみの言葉に、希望に縋るように五鈴が顔を上げた。

「この太刀の磨上げや切っ先の延びた形状は堀川国広と共通している。あの地鉄は板目……刀身に板の目のような模様がついてしまっている。これは慶長以前の刀に多く、刀を鍛える時に何度も折り返し鍛えた時の鉄の層がはっきりと見えてしまうせいだ。元々堀川国広は、鍛えの層がはっきりと見える、堀川肌と呼ばれる独特な刃文を売りにしてきたようなものだ。安土桃山から江戸までの刀工だが、かなりの上物ばかりだ。慶長以降だと技術向上に伴って地鉄本来の美しさを堪能出来るようになって、堀川肌のような〝層〟がはっきりとした刀がめっきり減ったのは残念だが……」

「ご、御主人。みんな意味分かってなくてぽかんしてますよ! 私もだけど」

 つい専門用語を多く使ってしまったせいで、全員が目が点になっていた。星乃は、勉強しろ。

「つまり、こいつは慶長以前の刀……技術が未発達だった時代のもの。そして、この何度も鍛え直された刀の層が、研ぎ澄まされた刀身が、わなみに訴えるんだよ。〝俺は南北朝生まれだ〟って」

「南北朝!?」

 そこまで古刀だったとは思わなかったのか、五鈴が驚愕の声を上げた。

「時代は南北朝時代の山城伝やましろでん

「御主人。山城伝って、なんです?」

 だから、お前は勉強しろ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?