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太刀・雷切1-6

「これは、これは鑑定士殿!」

 わなみが太刀を肩に担ぎながら展示場へ戻ると、 わなみらが戻ってくる事が分かっていたのか、入り口には軽く人集りが出来ていた。

 見ただけで高級な素材を使っている事の分かる洋風衣装を身に纏った、小柄な中年男。彼がここの主催者――葛切か。

 葛切は屈強な肉体を持った黒服の男を左右に従えながら、入り口に立つ わなみの前まで移動する。わなみの方が背丈が高いせいで見下ろす形になってしまった。少しだけ気分が良いのは秘密だ。

「いかにも。東京担当の認定鑑定士が一人、鎬木天虚だ」

 まさか わなみが鑑定士だと思わなかったのか、先程一悶着あった警備の男達はあからさまに顔を顰めた。一人は、最初は何か文句を言いたそうだったが、 わなみの背中の二文字を見ると、悔しそうに視線を逸らした。

「こいつが、鑑定士だと?」

 羽織にびびらなかったのが一人いた。先程思いっきり土埃が目に入ってのたうち回った男だ。彼は、 わなみ――というより、後方で控えている星乃と五鈴を見て、鼻で笑った。

「かの有名な鑑定士様が、何故そんな下級の娘を連れて歩いているんですか? 良い趣味、とは言えませんねー」

 あからさまな挑発に、勝ち気系女子二人は喰ってかかりそうになるが、それを片手で制する。

 ちらり、と周囲を伺うと招待客と思わしき令嬢や、葛切を中心とした華族やその従者達は、歓迎しているとは程遠い視線で、 わなみらを取り囲んでいた。

「まったくもって美しくないな」

 言い放つと共に、 わなみは手元で微かに開いていた鉄扇を閉じた。ぱちん、と幕引きの合図のような音が、自然と彼らを黙らせた。

「そこに控える小娘は、この認定鑑定士・鎬木天虚の助手だ。そして、その隣の娘は、今回の わなみのもう一人の依頼人。 わなみの助手と客人への侮辱は、 わなみへの侮辱……ひいては認定鑑定士への侮辱だ」

 そこで、 わなみは一歩前に出る。そして――勢いよく鉄扇の先を警備の男の目前に突きつけた。

「お前こそ、己が立場を弁えよ……!」

「……っ」

 男は、親の仇でも見るような目で わなみを睨んだ。すぐに何か言い返そうとするが――それを黒服の男に腕を掴まれ強制的に制止させられた。そして、男と場所を代わる形で葛切が前に出てきた。

「申し訳ございません、鑑定士殿」

 頭すら下げなかったが、柔和な笑みで葛切が言った。

一応主人の謝罪という事で今回は許してやろう。

「ふむ。いや、こちらこそ不躾だったな」

 ひとまず話はまとまり、星乃と五鈴に対する嘲笑の視線は消えた。というより、誰も わなみらを見ないように思いっきり視線を逸らしている。何故か令嬢達は逆に興味深くこちらを凝視しているが。それに、視線に熱がこもっている気がするのは何故だろう。

「さて、本題に入るぞ。<太刀・雷切>の鑑定依頼との事だったが……少し興味深い話を聞いてな。ここの小娘、五鈴の家に伝わる家宝の太刀もまた<太刀・雷切>との事だ」

「それは……また身の程知らずにも程がありますな」

「んな!?」

 葛切の言葉に星乃が声を上げた。

「よもやそんな薄汚い娘の言葉を信じるのですか? 何も持たぬ平民風情が、『浪漫財』を所持? 妄想もそこまでいきますと、哀れですね」

 予想通りの反応だな。しかし、いつまで笑っていられるか。

  わなみの心情を知らず、葛切は続ける。

「私が所有している<太刀・雷切>は我が葛切家が総力を上げて探し出した大変貴重な古刀です。当然、鑑定士殿もどちらを信じるかなど……」

「どちらを信じるかだと? そんなの……お刀様に決まっているだろ」

  わなみはそこで一度言葉を切ると、ずっと肩に担いでいた五鈴の太刀を前に突き出す。急に刃物を突きつけたせいで、後ろに控えていた男達が拳銃を取り出した。

「貴様……!」

 控えの男が銃口をこちらに向けながら叫んだ。

「待て、逸るな。 わなみは認定鑑定士。鑑定するためにここに来た」

「ほう? 鑑定士殿は、何を仰りたいのですかな」

 分かっているくせに聞くな、と心の中で毒を吐きながら わなみは告げる。

「二振りの太刀を同時に鑑定する。それで白黒つけてやろう」

「何を偉そうに……!」

  わなみの言葉が気に入らなかったのか、控えの男が拳銃を握る手に力を込めた。

「偉そう? 何度も言わずな。 わなみは……認定鑑定士・鎬木天虚様だぞ」

 見せつけるように羽織を翻すと、華族達が息を呑んだ。何故か若い娘達からは黄色い悲鳴が飛び交ったが。

 挑発的な言葉に意外にものってきた男は、この場で引き金を引きそうな勢いだった。それに勘づいた葛切は「下がれ」と一言で男を諫める。

「確かに鑑定士殿の言う通り、ちょうど良いかもしれん。また変ないちゃもんをつけられたら敵わん。そこの小娘の太刀も一緒に鑑定してもらおうじゃないか。どっちが本物か、嘘つきがどっちか、白黒つけようじゃないか!」

「交渉成立、だな。では、鑑定の時間といこうでないか」


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