カーフェーで鑑定などした時には流石に出禁を食らいそう――また古刀ならばその時の室内の温度や湿度などが鉄に影響を与えかねない事もあり、場所は『鎬木鑑定屋』へ移させてもらった。
まず作業机の上に彼女から預かった太刀を横に置く。作業机は
紫色の布を取ると、質素だが美しい装飾の拵えが目に映った。
柄がわずかに反っており、鞘と合わせて緩やかな曲線を持つ。
――十六葉……となると、菊花紋か。
鞘の色は赤の強い紫であり、その上をなぞるように菊花の文様が描かれている。裏と表、交互に施され、上品さが漂う。
「うわー、綺麗なもんですね」
「ああ、拵えだけでこれだけの芸当。かなりの腕前だ」
「そうなんですか?」
「ああ。よく見ろ。この拵えに描かれた菊花は蒔絵に変化を持たせたものだ」
「御主人、菊花っていうと……稲葉家ですか?」
そのくらいの知識はあったか。正直安心した。
この拵え全体に描かれた文様は、稲葉家の象徴である十六葉の菊花だ。
刀剣は、武士の魂とはよく言ったもので――家によっては象徴である。それゆえ家紋を拵えに施す事は多い。代表的なのは徳川家の葵紋などだ。その分贋作も多いが。
――しかし、真贋はともかくとして、この芸はかなりの腕前だ。
拵えだけでこれだと、中身は一体どんな――
「御主人、涎」
「うぐっ……!」
すぐに口元を袖で拭うと、
「総長は、一〇七と一……」
一度太刀を作業机の上に置くと、両手を合わせて深く頭を下げた。
刀剣の鑑定時に必ず一礼をする、という一種の儀礼みたいなものだ。これは作った人と鑑定を許可してくれた持ち主に対して礼儀を示すためだ。
そして、頭を上げた後、一瞬で鞘から刀剣を抜くと――、鋒が鈍い光を放った。
ぶわ、と肌を衝撃が掠った。全身に鳥肌が立った。
――一目で、この
刀身を流れる刃文と鉄の層。自分を訴えるような「威圧」に、思わず息を呑む。
何度も空気に触れて冷たい光を放つ太刀を右手で自分の目の位置まで上げる。
――やはり太刀だな。
馬上で振るって相手を一刀両断する刀剣相手だと、戦経験のない
「さあ、お前の価値を示せ」
と、着物の袖口から
「あの、それは?」
目釘抜を見るのは初めてなのか、五鈴はキョトンとした顔で
「こいつは
目釘といっても金属の釘ではなく、通常は乾燥した竹を使用する。そのため折れたら一大事であり、鑑定する時に一番気を使う場所でもある。
特に、
大きさは一二・五
「これで目釘を抜けば……」
目釘を抜いた瞬間、波動に近い衝撃が、
刀紙で刀剣の部分を覆うと、柄から茎を取り出す。
「やはり無銘か……」
これは完全に刀工の趣味のため文句を言っても仕方ないが、通常刀工は製造時の年号や刀の名前――刀銘を刻む。それがそのまま刀の名前となり、無銘――つまり何もない場合はその刀は無銘の刀として登録される。
「御主人。無銘でも、誰が鍛えたかは分かるんですよね?」
「当然だ。
しかし、この刀――かなり古いな。目釘抜もかなり固く、一度も鑑定しなかった事が分かる。これほどの古刀なら『浪漫財』の可能性も高い。普通なら一度くらいは鑑定に出すものだが。侍との約束のため、刀の名前も価値も知らずとも、護り抜いてきたのか。
――それにしても、武家との話だったが……これは……
おそらく貴族用だ。見事な拵えは戦場で人を斬る事よりも雅さで人の目をより奪うかを視野に入れている。そして、この刀身。緩やかな曲線は、時間による傷みはあるが、人を斬った痕跡が一切ない。刀はみんなが思っている以上に繊細で、一人二人斬っただけで、刃こぼれや人の血や脂による傷みで使い物にならなくなる物も多く、必ずその痕跡が残る。だが、これは抜刀の跡すらごく僅かなものであり、鞘から出されたのも幾年ぶりか。
――それも含めて……こいつに聞く事にするか。
「では、まず〝反り〟は……”腰反り“だな」
「こし、ぞり?」
首を傾げた五鈴に、
「ほら、ここを見てみろ」
と、
「
「う、うん。言われてみれば……」
「こういう形状の反りを〝腰反り〟と呼び、平安から鎌倉にかけての太刀に多い反りだ。そして、次に〝造り〟だが……」
造り、という言葉に馴染みがなかったのか言葉を詰まらせた五鈴に、すぐさま星乃が「刀の形状の事ですよ」と簡潔に説明した。
「こいつは、〝
「な、成程」
「次に“〝刃文〟……刀身の地と刃の間に出来る線」
刃文は、日本刀の美しさを引き出すにもっとも重要な点だ。焼き入れの工程で出来る独特の文様であり、日本刀が美しいと呼ばれるのはこれが要因でもある。
「これは〝
そこまで端的ではあるが太刀の特徴だけを言うと、
――刀剣を軽く振っても違和感がない。よし、完璧だ。
異常がないが確認後、拵えに刀身が傷つかないように注意しながら戻す。
「ちょっと御主人!? 何でしまっちゃうんですか? もう分かったんですか?」
「ああ、十分だ。こいつは、確かに
そこまで言うと、
そして、右手で太刀と羽織をひとまとめにすると、それを肩に担ぐ。
「あ、あの……」
勝手に太刀を担いだ事が問題だったのか、慌てた様子で五鈴が
「案ずるな。お前の太刀は、確かに良い刀だ」
「じゃあ、その太刀は……」
「ここでは言えん」
期待を持った目で
「行くぞ。こいつと、もう一つの名前を教えてやる」
そこで
紺地に「鑑定」の文字。
認定鑑定士のみが持つ事を許される、鑑定士の証明でもある羽織に、五鈴は目を奪われていた。
これぞ絶妙。普段は臙脂色の布地に、「浪漫」の文字が刻まれた、大変美しい羽織を使っているが、これは
そして、
「ほんと、御主人ってそれ好きですよね」
「まあな」
「でも、認定鑑定士の証なら、隠さないで最初から鑑定羽織使っていれば、面倒な事にならずにすむんじゃないですかぁ? 認定鑑定士は国家資格。その羽織さえあれば、鑑定に関係する時のみ何処にも出入り可能……さっきだって騒ぎにならずにすんだのに」
この良さが分からない星乃は、唇を尖らせた。
「そう言うな。それに、ここぞという時に見せた方が……映えるだろ?」
「……ま、まあ一理ありますけど」
何故か星乃はそっぽを向いた。その頬がほんのり紅い気がするのだが、そんなに怒る事でもない気がするが。
――まあ良い。
「ほら、鑑定士様の〝