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太刀・雷切1-3

 場違いな、幼さの残った怒鳴り声が響いた。

 声に反応して振り返ると、ちょうど入り口付近に小さな集まりが出来ていた。先程までは三組程度しかいなかったのだが、騒ぎを聞きつけた幾名かの華族が階段から身を乗り出し、或いは降りてきていた。

「御主人、何かあったみたいです」

「のようだな」

 展示会といっても個人展であり、美術館程の警備はいなかった筈だ。わなみの記憶が確かならば、この主催者の従者が二名程立っていた。特に今回は一部の客しかいないため、本来用意している人数よりも少ない筈。

 入り口付近の小さな野次馬の中心に、警備員二人と細身で長身な少女が立っていた。

 警備の男が少女の手を掴んでいる。揉めているのは分かるが、一体どういう状況なのか。わなみが観察している中、先に動いたのは少女の方だった。

「本当の事を言って、何が悪い! 間違えているからわざわざ教えてあげたんだろ!」

「小娘の妄言に付き合う気はないと言っているだろ。とっとと帰れ!」

「あたいは、本当の事を言っている。嘘つきは、あんた達の方だろ!」

「ええい、いい加減いせんか!」

 痺れを切らした男が右手を大きく振り上げた。

 そして、全員が好奇と同情の目で見守る中――男は少女に向かって右手を振り下ろした。

 ぱしん、と鈍い音が鳴った。

「まったく。この扇子、気に入っていたのだがな」

 男が少女に向かって右手を振り下ろす寸前に滑り込ませた鉄扇で男の手を弾く。鉄製なので力を入れて触れればかなり痛い。

「いってぇ!」

 案の定平手打ちをしようとした男は赤くなった手を押さえて前屈みになった。

「き、貴様! 何者だ!?」

「それはこっちの台詞です」

 わなみの脇の間から星乃が顔を出した。そして、じろり、と男を睨み付ける。

「何があったか知りませんが、女の子に手を上げるなんて恥を知りなさい!」

「んな!? 餓鬼が偉そうに……」

「その餓鬼に怒鳴られるような事をしている方が悪いんです! 大体……」

 と、今にも警備員に食いつきそうな星乃の肩を軽く押して後ろに下がらせる。

 そして、背に庇った少女を見やる。

 赤茶色の髪を首を覆うように伸ばした、鶯色の和服の少女。星乃よりも背丈が少しだけ高い。元からかも知れないが、怒っているせいで目つきが鋭くなっており、気の強さが分かる。

「理由は分からんが、小娘一人に二人がかり。男として、恥ずかしくはないのか?」

「う、うるさい! 元はといえば、そいつが我々に言いがかりを……」

「言いがかりじゃない! おたくらが宣伝している雷切は偽物だから、嘘つくなって言っているだけだろ!」

「おい……」

 わなみの声は届いていないのか、彼女は止めるわなみの腕をすり抜け、警備達へ言い放った。

「本物の雷切はあたいが所持している! ここにあるのは偽物だ!」

「お前が、あの雷切を……ぷっははははは! ありえないだろう、それは」

 警備の男が笑いながら少女を見下ろした。そして、彼女の着る鶯色の和服を見ると、それを野次馬達に教えるように大声で言った。

「その安っぽい服に、その品のなさ! 華族でないお前が、あの名刀を所持出来る筈がない!」

「そんな事……」

 少女は言い返そうとするが、その声を遮って華族達の笑い声が響いた。

「本当よね」「あんな薄汚い小娘が、雷切を所持出来るわけない」「とんだ嘘つきだ」「まったくだ。『浪漫財』を庶民が? あり得ん」

 口々に出る嘲笑が、少女の身体を銃弾のように貫いてく。

「あ、あたいは……っ」

 一人二人ならともかく、複数の華族に囲まれた中で嘲笑され、少女の声は震え出した。

「まったく……美しくないな」

 ぱしん、と僅かに開いていた鉄扇を閉じると、良い音が鳴った。その音色は連中を黙らせるにはちょうど良く、一瞬で音が消えたように静かになった。

「揃いも揃って美しさに欠ける。折角の綺麗な召し物が可哀想だ」

「な、何だお前はさっきから!」

「何って、御主人は……ふがっ」

 言いかけた星乃の口を片手で塞ぐ。

わなみは、ただの通りすがりさ。美しい物をこよなく愛するな」

 わなみがぴしゃり、と言い放つと、警備の男達は怪訝そうに顔を顰めた。何故か野次馬の女性陣だけは熱っぽい視線で溜め息を吐いたが。

「と、とにかく、ここは葛切様が開催している古刀展だ。招待状のない者が入れる筈がなかろう。俺達は自分の仕事をこなしてるまでだ」

 まあ妥当な理由だな。

 ちらり、と少女を見ると――入り口で騒いでいた事から察するに、彼女が先に突っかかってきたようだが。

 と、その時――彼女の小柄な身体には似合わない物が目に入った。

 彼女が背負っている荷物。その形には、見覚えがある。

 童子の背丈ほどの高さの棒状の何かを、紫色の布で包み込んでいるだけであり、一見大荷物を背負っているだけに見えるが――あの形は、ただの荷物ではない。

 大きさのせいで彼女が動く度に空気を擦り――甘い香りが布から零れ出る。

 ――あの形に、この甘い香り。それに、さっきの娘の発言。

 まさか、この娘――。

 わなみがそんな事を考えている間に自体は進行しており、星乃のでかい声が強制的にわなみを現実に戻した。

「ちょっと御主人! 考え込んでいる場合じゃないです! あいつら、警察呼ぶとか言い出してますよ!」

「小娘一人にそこまでするか、普通……」

「警察はまずいですって! 御主人、この間骨董屋で”浪漫ちゃんハアハア”して厳重注意を受けたばかりじゃないですか! 今度こそ逮捕されますよ!」

「う、うむ……」

 わなみは顎に手を置き少しの間考える。その時間、秒にして三十秒。

そして、一つの結論に至ったわなみは、真後ろにいた少女の手を取った。突然手を掴まれたせいか、少女は驚きと期待の眼差しでわなみを見上げた。

「小娘、来い」

 ぐいっと少女の手を引くと共にわなみは大地を蹴った。

「ちょっと、御主人!?」

 善は急げ。わなみが走り出すと、後ろから星乃も小走りに追ってきた。入り口までそれほど距離がなく、また野次馬も少なかったため、容易に包囲網をくぐり抜けた。

「おい、待て! まだ話は……」

入り口付近に立っていた警備の男が躍り出た。

 荒事は美しさに欠けるから好みではないが、致し方なし。

 わなみは男の正面に辿り着くと共に鉄扇を仰いで風を起こす。そよぐ程度の風だが土埃を起こすにはちょうど良く、男の両目に風と共に埃が入り込んだ。男が「目が、目が、目があああああああ」と地面に転倒しながら左右に転がる中、わなみは大股で入り口を突破した。その時、偶然頭を踏んでしまった。うん、偶然。

「御主人、姑息」

「戦略的と言え」


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