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太刀・雷切1-2

「おお! あれは備前ではないか! 刀を愛でるならまず備前とまで言わしめただけあって雅さと質実剛健さがあってたまらない! あっちの太刀は旧時代の中でも高価とされる平安や鎌倉時代の子じゃないか! 腰反りが美しい!」

「あの、御主人……」

「あれは、名匠の中の名匠、三条宗近の刀!? 短刀から脇差まで……」

「御主人!」

 けたたましい声が、耳元で響いた。頭の中がきーん、と響いた。両耳を押さえて振り返ると、蔑んだ目での星乃がこちらを睨んでいた。

「恥ずかしいから外ではやめて、って言ってるでしょ! もう!」

 星乃の大声のせいで、硝子箱ガラスケースの中に展示されている刀剣を順路通り見て回っている華族の視線が突き刺さった。

 展示は二階まで続いており、今一階にいるのはわなみらの他には三組の華族だけだ。事前公開プレオープンというやつらしく、今日来ている客は全員主催者の知人が主であり、本当の客は明日の公開から、らしい。

「もう、いくら人が少ないからって、恥ずかしいです。あとで星乃ちゃんへの迷惑料、支払ってもらいますからね」

「うぐ……っ」

 言い返せない。確かに最初に浪漫ちゃんの誘惑に勝てなかったのはわなみだが、無用な注目を集めたのは星乃のせいだと思うのだが。

「し、仕方ないだろ。わなみは好きに忠実なだけだ」

「度が過ぎるんですよ! まったく黙っていりゃ伊達男なのに、あれさえなければ……本当に……かっこ、いいのに……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、星乃は俯いた。顔をちゃんと見たわけではないから見間違いかも知れないが、頬は微かに紅かった。そこまで怒らせるつもりはなかったのだが。

「ところで、御主人。さっき公開鑑定とか言ってましたけど具体的に何するんですか?」

「お前、仮にも事務員だろう。そのくらいは把握していろ」

「だって星乃ちゃん、お金にしか興味ないですし」

 言い切った。いっその事清々しい。

「この展示会が、華族が趣味で開いている事は知っているな?」

「はい。葛切収三……無類の武具好きとかで、古今東西の鎧とか武器とか集めているって、業界では有名な人ですよね」

「業界って……お前、ついに鑑定への興味が……!」

「え? 勿論、〝お金を持っていそうな人を探ろう業界〟ですけど」

 ――少しでも期待したわなみが愚かだった。

「まあ、大体そんな所だ。今回の展示も全て自分の所有」

 展示されている刀剣は、ご丁寧に刀匠――その刀剣を鍛えた人物と、生まれた時代、そして誰が所持していたか等の由縁まで記載されている。中には、これ見よがしに認定鑑定士と刀剣協会の捺印入りの鑑定書まである。しかし、全てにあるわけではない。特に鑑定書付きの太刀の付近に一緒に並べられている短刀や脇差には鑑定書はなく、刀剣の前に名称や刀工が記載されている程度であり――

「鑑定書付きの刀が数の割に少ないな」

 部屋全体を覆うような硝子箱ガラスケースが並ぶ中、鑑定書付きは一つの硝子箱ガラスケースに対して一つのみ。他は名札がある程度だ。

 ――ここの刀、ほとんどが……。となると、ここの主催者がわなみに依頼した理由ももしや……。

「御主人。そういえば、さっき雷切がどーとか言ってませんでした?」

「ああ。今回の目玉らしい。聞けば、最近雷切を入手したから、いっその事今まで集めた自分の愛蔵品コレクション達と一緒に展示しようと企画したらしい。だから、この町の鑑定士であるわなみに依頼が来たってわけだ」

 依頼といっても文が一通送られてきただけだが。その文には「依頼 可・不可」の返信用までご丁寧に用意されていた。結婚式か、ここは。

 そのため、わなみも主催者と直接顔を合わせるのは今日が初めてだ。わなみの住所も、鑑定協会が公開している情報から一番近場の鑑定士を選んで送ったのだろうが――

「鑑定協会も、もう少し慎重に行ってほしいものだ」

 鑑定協会では国中の認定鑑定士の情報を任命地区ごとに公開している。金埼町の担当はわなみであり、鑑定協会が毎年発行している「鑑定士情報網」にも記録されている。そもそも鑑定の依頼は他の商売と違って、完全に受け身である。依頼人が来て初めて始まるものであり、大体の客は鑑定協会の正式な情報から鑑定士を見て依頼する。実績や雑誌などで取り上げられている積極的な鑑定士に集まりやすいのも、情報ゆえだろう。特に、認定鑑定士は各都市で一人ずつが任命される(北海道、東京、大阪のみ二名)ため、場所から検索して依頼する事も可能だ。東京にもわなみの他にもう一人いるが――正直あちらの方が知名度は上だ。雑誌や収音ラジオ番組などに出演して積極的に宣伝していると聞く。週刊誌などを使って鑑定の手順を公表しており、鑑定を見世物として扱っているため、わなみは好きではないが。

 ――なのに、今回何故この男は目立つ方ではなく、わなみに依頼してきたのか。

金埼町で展示会をやるから、その街の鑑定士であるわなみに依頼してきたのだろうが、どうも違和感がある。こういう目立ちたがり屋気質(あくまで個人の見解です)の場合、知名度の上の奴に依頼し、鑑定書を入手した上で展示会を行い「俺すげえ」と言いそうなのだが。

「でも、御主人。何だか今回乗り気じゃないのに、何で依頼受けたんですか?」

「え……」

「見りゃ分かりますよ。私は御主人の助手ですから」

 ふんわりと星乃は笑った。

 ――こいつは、こういう時があるから、たまに調子が狂う。

 確かに星乃の言う通り、断っても良かった。良かった――のだが、そう出来ない理由があった。それは――

「そういえば、今回の依頼の……雷切でしたっけか? それってどんな刀なんです……」

「雷切! そう雷切なのだ!」

「ご、御主人?」

「謎多き刀として有名な雷切! まさか生きている間にそれに直に触れる事が出来る機会がくるとは! 雷切にお触り出来るなら、我が生涯に一片の悔いなし!」

「それが目的ですか……。やっぱり、というか、何というか……見世物系嫌いな御主人が簡単い食らいつくから何かあるとは思ったんですけど」

「いかにも。雷切を合法的に頬ずり出来る。これ以外に理由など不要だ」

「毎回思いますが、本当にそれやったら死にますからね。御主人から美貌取ったら何も残りませんから、やめて下さいね」

「う……」

 またもや曝け出してしまった。今回は――他の客にはクスクス笑われる程度で見向きにもされなかったが。

「ら、雷切の話だったな? あれは太刀で……」

 と、無理やり話を戻そうとした時。


「放せって言っているだろ!」


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