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認定鑑定士1ー3

 『鑑定屋』とは、その名の通り鑑定を職業にしている者達を指す。

 分類は様々であり、茶器から絵画、武具類――ありとあらゆる依頼人の品物の価値を正確に示す事が俺達『鑑定屋』の仕事である。


 人通りが少ない街路は、浮世離れした印象が強い。

 時刻は朝の九時。刻限としてはそれ程早いというわけではなく、むしろ平日では社会人や学生が動き出す時刻なのだが。生憎駅や住宅街から離れたここではそういった一般的な生活の匂いがしない。あるのは古びた ̄ ̄失礼、歴史ある老舗だけだ。それもどこもうちのように営業しているわけではなく、朝から晩までずっと閉まりきっている店も多い。

 空を見上げると、雲一つない快晴が広がっている。

「ああ、今日も空が美しい。浪漫的な快晴だ。まるで客の来ない我が家のようだな」

「何、いい事言ったみたいな顔してやがるんですか!」

 朝っぱらから騒々しい声が、背中に浴びせられた。振り返ると、案の定そこには形の良い眉を吊り上げた星乃が立っていた。

 彼女は洋風装飾フリルのついた振袖でひらひらと舞いながら、わなみを指差す。

「まったく。御主人がそんなんだから、うちは儲からないんです!」

「いや、お前ががめつすぎて客が引くからだ」

 と、彼女を一蹴すると、わなみは店の中へ引っ込んだ。

 店に入ると、まず古臭い鉄や古書の独特の匂いが鼻をくすぐった。こういった匂いを嫌う連中の気がしれない。

 わなみは、古い物が好きだ。古い物にはそれなりの歴史があり、これがどの時代の物かを知識を持って探り、査定する。

 ――それに……道具は、嘘をつかない。

 嘘をつくのは売る側であり、商品はいつだって素直だ。


 ――さあ、今日は一体どんな浪漫が待っているのだろう。


「ねえねえ、御主人」

 ちょうど我(わなみ)が作業机の上で鑑定道具を整理している時。突然机の下から星乃が顔を出した。先程頼んだ掃除は――終わってなさそうだな。

「金はやらんぞ?」

「後で迷惑料と星乃様とお喋り出来た感謝代は請求しますけど、今は違う話です」

 請求はするのか。

「少しは部屋干ししましょうよ。匂いが溜まっちゃって、金運と運気が逃げちゃう」

「虚けが。だからお前は半人前以下なんだよ」

 わなみは本棚に並んだ古書や参考書、棚に並ぶ古道具を見ながら言う。

「酸化する事で傷む子達だっているのだ。ここにいる子達はみんな繊細なんだ」

 種類だと刀剣が一番多いが、その他にも古書や陶器など様々な「浪漫ちゃんが」が店の棚には収納されている。中には微妙な環境の変化で「痛いよー、苦しいよー」と悲鳴を上げる子もいるわけで――そのため部屋の温度と湿度は常に調整している。

「でも、うちって鑑定屋じゃないですか。骨董屋じゃあるまいし、商品並べてどうするんですか」

「否! 商品ではない、愛蔵品コレクションだ! ここにいる子達はわなみが花よ蝶よと愛でてきた大事な子達だ! 売ったりするものか!」

「御主人、気持ち悪いです」

「愛とは、美しいものだ。気持ち悪くない」

「限度と対象を言っているんですよ。人間より骨董品愛している、って……ほんと勿体ない人。もっと社会人としての自覚を持ってほしいものです。依頼人は怒らせるわ、商品にしか興味ないわ……人生、舐めているんですか?」

わなみはいつだって本気だ。本気で……浪漫ちゃん達を、愛しているんだ」

「うわ、始まった……」

 明らかに顔を引きつらせて星乃が一歩後ろに下がった。

「浪漫ちゃん達さえあれば、人類なんて滅んだっていい。人間みたいな無為に時間だけを浪費するしか脳のない連中よりも、歴史を刻んで後人に引き継がれていく浪漫ちゃん達の方が十分に価値がある。なのに、人間ときたら……どうしてその偉大さが分からないんだ」

「いや、おかしいでしょ。人間よりも商品を愛している、って。そもそも御主人の大好きな商品だって、御主人が下らないと切り捨てた人間が生んだものなんですよ?」

「ああ、生み出した事は褒めてつかわそう。しかし、浪漫ちゃん達が上だという事実は変わらないのだよ」

「うん、三回ほど死んだ方がいいですね」

「とことん失礼な奴だな。それに、お前だって金が好きだろ?」

「一緒にしないで下さい! そもそも私が好きなのはお金じゃなくて、お金を持っている自分です!」

わなみが言うのも何だが、人として大丈夫か、それ」

「私はこれでいいんです!」

 ぷい、っと星乃は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 機嫌を損なうと面倒だな、と思いながらふと店の奥の棚を見上げる。複数の本棚を改造して作った浪漫ちゃん専用棚だ。作業机の内側に設置しているため、作業机の向こう側に座る客は見上げるだけで手に触れる事は出来ない。

 ――ああ、本当に今日も美しい。

 今まで集めてきた浪漫ちゃんを見ていると、ふいに星乃が頬を膨らませながらこちらをちらちら見る姿が目に入った。絵にならん。

 そっぽを向いているくせに、構ってほしさが丸わかりだ。

「まあよい。好きな物がある事は良い事だ。好きは、生き甲斐でもあるからな」

「御主人!」

 先程までムッとしていた星乃の声が明るくなった。やはり単純だな、こいつ。

 ――まあこの世の沙汰もまた金次第、だからな。

「それより、星乃。支度をしろ。そろそろ時間だ」

「あー、たしか今日は出張依頼が入っていましたね」

 と、星乃は懐から手帳を見て確認する。ちゃんと確認する点は事務員としては合格だが、当日の予定くらいは管理してほしい。

 わなみは壁に掛けていた臙脂色の羽織を肩にかける。

 上質な布に、職人仕上がりの染め物。最高だ。特にこの――

「うわ、御主人。またその趣味の悪い羽織使っていたんですか?」

「お前の目は節穴か? この見事な臙脂色の染め物に、”浪漫”の文字。最高に伊達だろう」

「いや、逆です。どうせ羽織るなら、あっちにすれば色々と面倒な事にならないのに」

「確かに、あの羽織も最高だ。しかし、まだ時じゃない」

「そうですか」

 意外にもあっさり星乃は引いた。てっきり「えー、あっちがいい」と我(わなみ)の美的感覚(センス)をバカにしてくるとばかり思ったのだが。

「何ですか? 人の顔をジッと見て。迷惑料請求しますね」

「請求しますよ、じゃないんだな」

彼女は自分が雇われている立場だという事を覚えているのか。

「そ、それに……あれですよ。私は御主人について行くと決めていますから。たとえクソダセエもんでも、御主人がそれを美しいと言えば、きっとそうだと思います」

「ほ、星乃……」

 少しだけ、ほんの少しだけ感動した。ようやく上司を敬う気持ちを――

「だから、給料上げて下さい!」

 にっこり、と太陽に輝かしい笑顔がわなみを見上げた。あくまで一般的な意見だが、きっと男の心をわしづかみな良い笑顔だと思うのだが、わなみには瞳の中で輝く小判が見えるせいで美しく感じない。

「さて、行くか」

「無視ですか!? 星乃ちゃんの心を傷つけた料金発生です!」


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