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第3話 今度こそ家を作ろう

「村に戻れないというのは、なぜだ?」

 ポスカは妙な話だと思い、尋ねた。

「……捨てられたんです、あたし。……あはは」

 人間の少女――サラはそう言って無理に微笑んだ。目尻に涙の粒が光った。

 エステルがポスカに耳打ちする。

「この女、どう考えてもワケありです。絶対に面倒くさい女です。これ以上関わっても我々にはメリットがありません。命を助けてケガを治療しただけで充分でしょう。放置して逃げるべきかと」

 エステルの言うことはもっともだ。

 だが、このまま放っておくのはあまりに薄情だと思った。自分は現魔王――父とは違う。だから、魔族至上主義者の父とは真逆のこと――人間を救うようなことこそ、やるべきだ。

 だからポスカは先を促す。

「……親にか?」

「親はだいぶ前に死にました。そうじゃなくて、村にです。あたしは生け贄として捨てられたんです。だから、もう村に戻ることはできません」

「穏やかではないな。よければ、俺が話を聞こうではないか」

 ポスカはその場に腰を下ろした。

「聞くのですか!? 本気、というか正気ですか!?」

 サラも驚いていたが、それ以上にエステルが前のめりだった。

「ああ、暇だしな」

「暇だからって村から捨てられたワケあり女の身の上話を聞くものですか!?」

「まあまあ。いったん落ち着こう」

「こんなところで?」

 エステルは辺りを見回して、嫌そうな顔をした。

「まだ俺たちには拠点がないし、贅沢は言えない。それに、魔獣程度ならいつどこから襲ってきても問題はない」

「そうですが……」

 エステルは不満たらたらという顔だったが、あきらめたらしく腰を下ろした。それを見て、サラも座った。

「えっと……ホントにこんなところでのんびりとお話していいんですか?」

「かまわない」

「しかも……あなたがたは……」

 サラは言いにくそうに言葉を飲み込んだ。ポスカは途切れた言葉を補う。

「魔族には話したくない?」

「いえ、そんなことは……。大丈夫です」

 サラは一度記憶を整理するように目を閉じ、また開いてから語り出した。

「あたしは生まれも育ちも近くのフラド村なんですけど、祖父母も両親もみんな流行り病で死んじゃって、一人の身です。だから、あたしは生け贄に都合が良かったんだと思います」

「その、生け贄というのは?」

「フラド村は、流行り病をのぞけば、ずっと平和でのどかでした。でも、何年か前に、魔族が現れました。ゴブリンっていう魔族です」

「もちろんゴブリンなら知っている。あいつらが何かしたんだな?」

「はい、ゴブリンたちはときどき村に現れて、畑を荒らしたり、農具を壊したり、水路を壊したりして去っていきました。ゴブリンたちの嫌がらせはだんだんひどくなりました。あたしたち村人はゴブリンを追い払おうとしたけど、神出鬼没で力も強くて、村人の中には戦いに慣れた人もいなかったから、撃退できませんでした」

「なんというか、やることが地味ですね。あの小鬼たち」

 エステルはあくびを噛み殺しながらコメントした。

「ふむ、それで?」

 ポスカはさらに先を促した。

「それで、最近は不作が重なったこともあって、食料が足りなくなってきて、かなり苦しい状況でした。これ以上嫌がらせを許していたら村は破滅する。だから、ゴブリンのボスに、交渉を持ち掛けることにしました。その交渉でゴブリンから命令されたのは、毎年、若い女を差し出すことでした」

「まあ、よくある人柱ですねぇ」

 普通にクズですが、とエステルはボソリと付け加えた。

「その通りです。生け贄としてゴブリンに差し出された女がどんな目に遭うのか、あたしには想像もできません。村では最初の生け贄を決めるために何度も会議が開かれたんですけど、誰を差し出すかはなかなか決まりませんでした。ついに生け贄を差し出す期限が近づき、生け贄に選ばれたのが、あたしでした」

「それで、逃げたのか」

「そうです。朝起きたら、体を縄で縛られてて、どんなに泣いても離してもらえなかった。みんな、ごめんごめんと言いながら、あたしを差し出した。あたしはゴブリンに連れていかれた後、縄が緩んでいた隙を見て逃げました。だからもうあたしの居場所はどこにもないんです」

「なるほどな。まったく、人間に嫌がらせをした挙句、若い女を要求するなど、魔族の恥だ。こういうヤツがいるから、人間と魔族がいつになっても共生できないんだ」

 ポスカは嫌悪感をあらわにして舌打ちした。

「魔族がひどいことをしてすまなかった。俺がゴブリンの代わりに謝る」

「いえ、そんな……」

「サラ、君は居場所がないと言ったな? だったら俺が保護する。これから俺たちの拠点になる家を作ろうと思っていたところだ。そこに住めばいい」

「え? これから家を……作る……?」

「そうだ。場所はまあ、人間が近づかないように、森のもっと奥がいいだろう。付いてきてくれ」

 ポスカは森の奥に向かって歩き出す。その後にエステルが続く。

「何をしているのです? 自分で歩いてください。あなたが来なくても、私は何も困りませんが」

 動こうとしないサラを振り返り、エステルが言い捨てた。

 サラはきょとんとして、

「あたしも……?」

 ポスカも立ち止まって振り向き、

「当然だ、来てくれ。俺が君を保護すると言っただろう?」

「ポスカ様は寛大で慈悲深い心の持ち主なので、捨て猫を放っておけないのです。ポスカ様に出会ったことはあなたの人生最大の幸運なのですよ、そのことに気づきなさい」

 エステルが誇らしげに続けた。

「魔族がやったことの責任を取るだけだ。だからというわけじゃないが、魔族を嫌いにならないでくれると助かる。魔族と人間が憎しみ合う時代はいずれ俺が終わらせる」

 ポスカとエステルは再び歩き出した。

 サラはやっぱりまだ現実が受け止め切れなくて、目をパチパチさせる。

「そんなところにいると魔獣に襲われるぞ。それともまた一人で森を彷徨うか?」

「ま、待って!」

 やっと身体が言うことを聞くようになり、サラは血相を変え、慌てて二人の魔族の背中を追った。だが裸足のサラは枝や小石が痛くてうまく歩けない。

 するとポスカが戻ってきて、「すまない。靴がないのに歩かせるのは、どうかしているな」と反省を述べ、近くの木の上のほうに手のひらを向けた。風もないのに不自然に葉がガサガサと動いたかと思うと、ぽとん、と木の上から何かが落ちてきた。

 靴だった。

「えっ……?」

 サラは信じられず、また固まってしまった。

 だがポスカは「それを履いて着いてきてくれ」と言って、また歩き出した。

 その靴に足を通してみると、サラの足にぴったりで、いつも自分が履いている靴より履き心地がよかった。よく見ると葉っぱのような素材でできている。

 早歩きでポスカとエステルに追いつき、「あの、どうして木の上に靴が」と尋ねると、

「魔法で作ったんだ」とポスカは当然のことのように答えた。

「ありがとうございます! ホントに、ありがとうございます! こんな、あたしなんかのために!」

 サラはなんだか不思議な、わくわくするような嬉しい気持ちがわいてきて、今までの疲れがちょっと軽くなったような気もした。

「大したことじゃない。気にするな」



 しばらく歩くと、川辺に開けた場所を見つけた。

「水辺は癒される。そう思わないか?」

 ポスカはちょっと休憩というふうに、足を止めた。

「あたし、癒されます」

 サラが素直に答えた。

「大雨が降って増水しないことを祈ります」

 エステルはリラックスした様子もなく、いつも通りのクールで真面目な表情だった。

「なあに、そのときは俺がなんとかする。ここに家を建てよう。ちょっと離れていてくれ」

 ポスカはサラとエステルを下がらせた。

 エステルは黙ってポスカを見守っている。サラはいったいこれから何が行なわれるのかと不思議そうにしている。家を建てるには、木や石といった材料が必要なはずだが……。

 ポスカは目を閉じ、地面に手のひらを向けて魔力を込める。だが何も起こらない。

 サラはわけが分からず、「何をしてるの?」と尋ねようか迷った。

 ふと、地面が小さくカタカタと揺れ始めた。その揺れはだんだん大きくなり、恐怖心を抱かせるほどになり、そして油断すると倒れてしまいそうなほど激しくなった。

「な、なにっ!?」

「静かに! ポスカ様は集中しています!」

 エステルがサラを叱責する。サラは本当は叫びたいのをこらえ、不安を抱えたまま地面にうずくまっていた。

 ポスカの目の前の地面が、ボコボコと盛り上がってきた。最初は小さな出っ張りが数個だったが、あちこちから出っ張りが突き出し、それぞれがどんどん高く大きな山のようになっていく。地面に生えていた木が傾いて倒れ、メキメキ、バキバキという音を響かせながら地面に飲み込まれる。小山はあっという間にサラたちの身長を超え、山と山が繋がって丘が出来上がる。まるで巨大な怪物が地の底から這い上げってくるような光景だ。

 揺れがおさまったとき、立派なお城のような岩山が三人の前に出現していた。その岩山の正面には、木製のドアがついていた。

「こんなものでいいだろう」

「さすがです」

 エステルの拍手の音が森に寂しく響く。

「これって、もしかして家!? ホントに!?」

 サラは興奮して心臓のドキドキが鳴りやまなかった。

「洞窟ハウスだ。中もそれなりに整えてある」

「すごっ……やばっ……」

「ポスカ様は魔族史上、最強の魔力の持ち主ですので」

「魔力ってなんでもできるんですね」

「なんでもは言い過ぎだ。魔力は万能ではない」

「そうです。万能なのは魔力ではなくポスカ様です。ポスカ様だからなんでもできるのです。そこを履き違えないように」

「は、はいっ! 失礼しました」

 サラは叱られた子猫のように慌てて頭を下げた。ポスカの横顔には羨望の眼差しが痛いほど突き刺さる。

「いやいや、誤解だ。簡単に信じすぎだ」

「教育です」

「あたし、魔法とか分からないけど、控えめに言って神です」

「……神?」

「はい。あたしを導いてくれる神様ですか!?」

「人間にしては見る目がありますね。ええ、ポスカ様は神みたいなものですとも」

「やっぱり!」

 なんだか否定するのも面倒になり、ポスカはいろいろと出掛かった言葉を飲み込む。

「まあ、とにかく中に入ろう」

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