(私……今、なんてことを……!)
言い訳は思いつかなかった。
先に口を開いたのはアシュリーだった。
「…も、申し訳ありません。このような戯れを……自分の浅ましさと愚かさを反省しています。貴方を見ていたら……その、どうしても自制することが叶いませんでした。私の至らなさ、甘さゆえのこと」
そんなことを言われたら、どう返事をしていいか困る。アシュリーは明らかにレイラを欲してくれていた。それを言葉にして伝えているのだ。
「……っそんな。待って。あなたのせいだけじゃないわ。私だって……」
レイラだってアシュリーが欲しかった。くちづけをしていて欲しかったのだ。彼のことを恋しく、そして愛しいと思った。だから――。
しかしそんな甘い雰囲気に釘をさすように、アシュリーは言った。
「レイラ様、これは私からもハッキリとお伝えしておかねばならないことだと思っています。我々、聖女様であるレイラ様と、その魔法石の導きで召喚された騎士である私は、魔法石と対になる聖剣、その二つの呼びかけに応じ、儀式で絆を結びました。つまり、対となるツガイの絆を結んだ以上、互いを引き合う運命にあるのです。どうしても結びつきを深めようと無意識に惹かれて、ツガイを求めてしまうものなのです」
その証拠に、瞳の色が変わってしまっている、とアシュリーはレイラの瞳の奥を覗き込んだ。
「瞳の色……」
「はい。グラナタス化現象というようです」
アシュリーが説明してくれた。
ツガイ契約の儀式時に瞳が燃えるような赤……ガーネット色になることがあった。これは種を残そうとする、つまり相手を欲する衝動が強まったときに現れる、グラナタス化現象と呼ばれるらしい。グラナタスの由来は、ガーネットの古い異国語granatumからとったものだそうだ。
アシュリーの丁寧な説明は腑に落ちた。レイラだってさっき薄々感じていたことだ。何かに憑かれたかのように、そして欲しくてたまらなくて歯止めが利かなくなる衝動があったのだ。
ノーマンはそこまで教えてくれなかったが、儀式前のひと悶着があったからか、きっと混乱を避けるために、順を追って説明するつもりではいたのだろう。
自分の意思とは関係なくツガイである相手を求めてしまう衝動。けれど、ある意味それは正しいことのようにも思える。
その中でレイラは一つだけ疑問がわいた。こんなことを聖女が騎士に尋ねるなんてはしたないことかもしれない。でも、どうしても聞かずにはいられなかった。
「儀式以外で……結び合うことは、禁じられているの?」
「いえ。ツガイが結びつきを深めることは……けして禁じられてはいませんし、悪いことではありません。ですが、レイラ様がお嫌だと思う行為を、私は無理矢理したいとは思えません」
「私はあなたに無理矢理されたなんて、思っていないわ」
レイラは必死に訴える。それだけは誤解されたくなかった。たとえグラナタス化現象というものがあったとしても、心の中でアシュリーを恋しく思ったのは事実なのだ。
「レイラ様、勿論わかっています。だからこそ、騎士である私を心から必要としてくれる、聖女のあなたを大事にしたいのです。ですから、いたずらにその心を乱すようなことをしてはならないのだと思っています」
アシュリーは面目なさそうに言った。
深く結びつくことを望まれているのに、そういうふうに互いが無意識に求めてしまうのは道理なのに、それでも自制しなければならないのだという。
自分の甘さが原因だ、とアシュリーは言うけれど、一線を越えようとしなかった彼には自制心がきちんとある。流されるように彼を受け入れようとしていたレイラの方がよくなかった。浅ましいのはこちらの方なのだ。
途端に恥ずかしくて気まずくて、アシュリーのことを直視できなくなってしまった。
(これじゃあ、触れてほしい、とわがままを言って縋っているみたいだもの)
「……私も、あなたを大切にしたいもの」
そんなふうになんとか言葉にしたものの、言い訳みたいになってしまい、そこから何を言っても墓穴を掘りそうで、思考停止してしまう。
「ありがとうございます。レイラ様。では、今夜の読書はここまでにいたしましょう」
レイラの様子を察したのか、アシュリーは普段通りの穏やかな声音で提案をした。
「ええ。そうするわ」
「夜も遅いので、部屋までお送りします」
もうさっきのような熱っぽい眼差しをしたアシュリーの姿はなかった。
眠れるかどうかは別として、今は離れるべきだとレイラだってわかる。それなのに名残惜しく感じてしまうのも、儀式で絆を結んだせいなのだろうか。アシュリーの方から離れていった、その失われた熱が寂しかった。
「ありがとう。結局、あなたの邪魔をしてしまったわ」
「いいえ」
この時。
レイラは本当の、否、【真】の意味を知らなかった。
聖女と騎士が初陣の務めを果たしたその先に、聖王女と聖騎士となった二人に課せられた次なる儀式が、二人の意思とは裏腹に求めあわずにはいられないものになるということを。
それは、いくら固い自制心をもってしてでも抗えない、口づけをしたくなる淡い欲求とは比べられないくらい、業火のように激しく、互いの手に負えないものであるということを――。