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15)

「実はそうなの。そしたら、ここの図書館のことが思い浮かんで。ほら、私は本が好きでよく読んでいたから……部屋には本がなかったし」

 というのは言い訳だ。

 最初に思い浮かんだのは、アシュリーのことだった。彼に会いたかったのだ。

 だが、アシュリーは気付いていないらしい。

「そうですか。私も同じです。気が立っている……といったら表現としては正しくないかもしれませんが、昂揚感がおさまらず、読書をすれば身を律することができるかと思ったのです」

 アシュリーは自重気味に言うと、肩を竦めた。自分の騎士としての不甲斐なさを恥じているようだ。そんなふうにはレイラは思わないのに。

「あなたは何の本を読んでいたの?」

 レイラはアシュリーの手元に開かれた本を覗き込んだ。パッと見、難しい内容が綴られている。

「これは、精霊の話についての本です。聖なる剣を持つ者は精霊をも味方にできるものだ、と……そうすれば、聖女様のご負担を減らせるかもしれないとノーマン様に聞いたものですから」

 勉強熱心なアシュリーに感服したのも束の間、レイラはハッとする。

「ひょっとして不安がっていた私のために……?」

 ぽつりと零すと、アシュリーがきまりわるそうな顔をしていた。

「あ、ごめんなさい」

 ひとりで過ごす時間が長かったからか、思い浮かんだことをそのまま口にするのは自分の悪いくせだと、レイラはすぐに反省した。

「これは私のためになることです。私としても不安がないわけではありませんから。それと、戸惑っているのは私も同じですよ。少しずつ慣れていきましょう」

 アシュリーは控えめにそう言い、レイラを励ますような眼差しを注いでくれる。こういうところが彼の好ましい部分だ。彼の気遣いに触れ、胸の裡側がほっこりとあたたかくなるのをレイラは感じていた。

「ええ、そうね。いきなりだったもの。少しずつ受け入れていけたらと思うわ」

 レイラが返事をすると、アシュリーは微笑んでから後方の書架へと振り向く。

「何か読みたい本があるようでしたら、私でよければお探ししますが……」

 遠慮するのはかえってよくないかもしれない。ここは彼の厚意に甘えることにする。

「じゃあ、お願いしてもいい? 勉強は改めてしたいと思うけれど、今はとにかく気分が落ち着くような詩集とか、童話とか……そういったものがあれば、読んでみたいわ」

「承知しました。では、幾つか見繕ってきましょう」

「わがままを言ってごめんなさい。あなたも疲れているのに」

「いいえ。レイラ様に思いがけずお会いできたことで、癒されましたから」

 アシュリーが言うと、軽い調子には聞こえない。彼の真心が伝わってくる。それがまた心地よい。

 さっそくアシュリーは席を立ち、書架の方へと歩いて行った。

(やっぱり、アシュリーが私の【推し】だわ)

【推し】が素敵な人であればあるほど、レイラは嬉しくなってしまう。でも、前世でも今世でも、まだ彼について知らないことの方が多い。

(もっとアシュリーのことが知りたい)

 ただ知るだけではなくて彼を理解したい。深いところで心を通じ合わせたい。そんなふうにどんどん強欲になっていく自分が少し怖かった。

 しばらくすると、アシュリーが何冊か本を抱えて戻ってきた。着席して、レイラの前に一冊ずつ説明しながら置いてくれる。装丁はどれも古いけれど綺麗なデザインのものが多かった。

「こちらなんてどうでしょう。星の巡りについての童話、それから少々子ども向けかもしれませんが、民話などがいくつか……眠る前に眺めるにはちょうどいいかと」

「星の巡りの童話、面白そうね。民話も気になるわ。ありがとう。読んでみるわね」

「はい」

 隣同士に座って別々の本を読んでいく。アシュリーが選んでくれた本はたしかに読みやすく、難解な内容ではない分、すっと子守歌のように頭の中になじんでいく。一方で、隣でページを捲る紙の擦れる音も心地よい。そのうちだんだんとアシュリーが読んでいる本の内容が気になってしまう。彼の表情を確かめようとしたとき、視線がちょうど交わった。

 慌てて逸らそうと身動ぎをしたせいで、本に腕が当たってしまう。机から本が落ちないようにとっさに手を伸ばすと、押さえようとしてくれたアシュリーの手が重なっていた。

 すると、それまでの静寂を突き破るかのように、かっと燃えるような熱が首の下から顔まで一気にこみ上げた。そうしてアシュリーを意識した瞬間、彼の指が動き、静電気が起こったみたいな甘い痺れが走った。

「あっ……」

 弾かれたように声が零れる。その声が意図せず甘くなってしまった。恥ずかしくてさらに顔が熱くなっていく。きっと顔全体が真っ赤に染まっているかもしれない。

 その証拠に、アシュリーが息を呑んだみたいな顔をしてレイラを見つめる。とっさにレイラは俯いて耳まで髪が垂れるように顔を隠した。

 アシュリーに甘えたいと思っていた心を見透かされてしまうような気がしたからだ。

「ご、ごめんなさい。あなたの、邪魔をするつもりでは……」



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