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13)

「そうして初めて、聖女様は聖王女様に、騎士は聖王女様からの洗礼を受け、聖騎士という称号を得られるのですよ。まだ今は選定の途中でしかないのです」

 つまり今から行われるのは、相応しいかどうかを見極める最初の選定のための準備となる儀式、ということなのだろう。

「儀式と、その後の初陣から戴冠式の流れの説明はわかりました」

 レイラはそう言いつつ、ひとつ引っかかるものを感じていた。

「まだご不安があるようですね。どうぞ、忌憚のないご発言をされてください」

 譲歩したノーマンの言葉に甘えて、レイラは騎士たちのことを気にしつつ、慎重に言葉を選びながら疑問に思っていることを尋ねた。

「もし、もしも……不適格となった場合は?」

 万能である聖女を聖王女と呼ぶのであれば、初陣がもしも失敗したらレイラの身はどうなるのか。また、聖なる称号を得られなかった騎士はどうなるのか。生贄、という文字がまだ脳内をちらついていた。

 レイラはアシュリーを一瞥した上で、ノーマンをまっすぐに見た。

「そのときは残念ですが、レイラ様には王宮を去っていただくことになるでしょう。当然、聖王女の資格なしと判断された聖女によって召喚された騎士は円卓からは弾かれ、一般的な任務に落とされるか、王宮任務からの放免となります」

 つまりは、自由……ということになる。

 任務が重荷であるなら、屋根裏部屋生活に戻ったっていい。アシュリーにも選択肢を与えることができる。だが、それには初陣となる戦に敗北することが条件……しかしそれは、ゲームのようにはいかない。実際に人の生死がかかっているのだ。

(私は、どうしたらいいの。言われるままにお役目をもらうべきなの?)

 黙り込んでしまったレイラに、ノーマンが諭すように語り掛けた。

「どうか妙なことをお考えになりませんよう。我々を見くびってもらっては困りますよ。そのような結末に至らないよう、円卓の騎士がお二人を御守りするという重要な役目を背負っているのです」

 ノーマンの厳しい表情にレイラは冷たい鞭で撃たれた気分になった。彼らは主君となるであろうレイラを見極めるべく、そして自ら責任をもってこの場に粛々と参加しているのだ。

 それなのに、レイラが及び腰になっていたら、彼らがどよめくのだって無理はない。もし儀式を中断したことで不安を与えてしまったのだとしたら申し訳ない気持ちだった。

「ご心配には及びませんよ。レイラ様とアシュリーに絆を深める権利があるのかどうか、それはすべてこちらの魔法石と聖剣が示します。否と拒まれれば儀式はそこで終わり、是と受け入れられれば絆を深める根がリンクされ、二人の結びつきが認められることになるのです」

 つまり、儀式については、今からやってみなければわからないということだ。

 この先、レイラとアシュリーはそれぞれ試されるのだ。この魔法陣に立ち、魔法石や聖剣が望む器であるかどうかを。

(ど、どうしよう。なんだか大変なことになってしまったわ)

 改めて仰々しいこの場に立つと武者震いのようなものを感じてしまう。一方で、アシュリーはノーマンの説明を受け入れ、ただ静かに佇んでその時を待っている様子で、少しも表情にブレがない。

 しかしレイラがいくら煩悶を繰り返そうと、あくまでも判断される側であるという側面から、逃れることはもはやできそうになかった。

 ふと、足元に光っている茨のような蔦が這ってきていることに気付いてしまった。そこから動こうとしても根っこが生えたみたいに動けないのだ。

 目の前にいるアシュリーも同じ状態だった。無論、彼はレイラとは違い、静かに時を受け止めているようだし、逃げようなどと考えていないが。

(どうしよう。アシュリー様、助けて……どうすればいいの)

「では。両者共に、御手を触れてください」

 ノーマンが術式を再開した。彼の判断だけではこれ以上は止められない空気がそこには在った。

 魔法石と聖剣が自我を持つようにその場で待っているのだ。

 吸い寄せられるようにレイラは魔法石に手を触れる。同じようにアシュリーも聖剣に手を触れた。

 悩む時間さえ与えられず、不安で胸がいっぱいになっていく。鼓動がどんどん早鐘を打っていき、背中にいやな汗が流れていく。

 すると、アシュリーの柔らかな声が、風のようにレイラの鼓膜に届いた。

「聖女様、いえ、いずれ聖王女となられるであろう我が君、レイラ様。どうか私を信じて下さいませんか」

 その声につられて、レイラは目の前のアシュリーを見つめる。彼の特徴的なアメジストの魅惑の瞳に囚われてしまう。その瞳が魔法陣の光に照らされ、やがて赤いガーネットのような色へと変わっていくのを見た。その変化はレイラの身にも同じことが起こっているのだと肌で感じていた。彼の目には普段のレイラの瞳の青は赤へと変わったように映っていることだろう。

「手をこちらへ」

 両手を重ね合わせると、強い引力のようなものを感じた。磁石が引き合うようにアシュリーと離れられなくなる。その手を離すことのほうが不安に駆られた。

「アシュリー……」

 心細くなったレイラはアシュリーの手をぎゅっと握った。その手を余すことなく彼は握り返してくれる。レイラの不安な心ごと包み込んでくれるように。

「大丈夫です。どうか、この手を離さないでください」

 アシュリーに言われるがままレイラは頷いて、彼の手を握ったまま身を固くした。

 光の柱が強くなっていく。ノーマンが詠唱を始めると、やがて、血液が沸騰するのではないかというくらい熱いものが流れ込んでくるのを感じるようになった。

「……っ!」

『――違わぬ絆はここに結ばれた。ツガイとなるかの者たちの縁をもって、我らの正しき道筋を照らせ』

 二人を包む光りはことさら強くなって嵐のような風が舞い、そして熱に飲み込まれる。血液が沸騰するような、焼けるような痛みを感じたあと、レイラの左手に刻印のようなものが浮かび上がった。

 それは、アシュリーも同じようだった。ゆっくりと風と光が落ち着いて、全身を蝕むように這っていた熱が引いていく。光の柱がふっと消え失せ、魔法陣の残滓だけが二人の足元に輝いていた。

「――はじまりの儀式……ツガイの儀式はここに滞りなく終えました」

 ノーマンがそう告げ、ほっと胸を撫でおろすと、その場を見守っていた騎士達もそれぞれがため息をついた。

 気が抜けてしまったレイラはふっと意識が遠のくのを感じた。アシュリーの方へと倒れそうになると、とっさに彼に抱きとめられる。

「よく、勇気を出してくださいました」

 アシュリーの笑顔に、レイラはなんだか泣きたくなってしまった。

「そんなお顔をされないでください。もう、大丈夫ですから」

「ええ。ありがとう。私の騎士アシュリー」

 無意識にレイラはそう口にしていた。

 意表を突かれたような顔をしたアシュリーはその後、破顔した。

「はい、聖女様。貴方の御身はこれから私にお任せください。必ずや御守りいたします」

 ツガイという絆が結ばれたせいなのかわからないけれど、彼のことを初めて出逢ったとき以上に大切な存在として、よりいっそう近くに感じたのだった 。






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