すっかりアシュリーに心を奪われていると、レイラを現実に引き戻す声がした。
「私から騎士たちの紹介は以上です」
ノーマンが締めくくりにパンと軽く手を叩く。術から解けるようにレイラはハッとした。
「あれ? ノーマンの紹介はしないのか?」
元気印のロイドが声を出すと、ふわふわ頭のエリックが意地の悪そうな表情を浮かべた。
「自分は別格だって? 僕をあれだけディスってたんだから、今度はこっちがノーマンの紹介文を考えてあげようか」
ねちねちとエリックが意地悪なことを言う。
「結構ですよ、私のことは」
そう言っていやそうな顔をしているノーマンを尻目に、ギルがくすりと上品に笑った。
「照れ屋な魔法使いさんですね。では、私から一言。ノーマンは私のことを円卓の頭脳と言ってくれましたが、彼の場合は円卓の智慧です。何か迷いごと、困ったことがあれば、彼を真っ先に頼るといいでしょう。少し、シニカルというかかわいくないレベルの皮肉屋なところもありますが、聖女様の力になってくださるはずです。ねえ、ノーマン」
ギルの説明に、気配を消していたジェフも少し戦慄いた。声を出さずに笑っているらしい。つられたようにエリックもふっと鼻で笑った。
「さすが年長者のいうことはしっかりしてるな! ノーマンとギルは同じ年で同郷でもあるんだよな」
にこやかにロイドが言った。いやみというものは彼には通じないらしい。気まずかったり何かやりにくかったりした雰囲気が漂うときには、彼のような存在はとても助かることだろう。
「ええ、ただ細かいようですが、ノーマンがこの中では一番の年長ということになりますね」
ギルがそう言い添えると、
「はいはい。そのような説明で結構ですよ」
ごほん、とノーマンが咳払いをする。そして表情を改めて引き締めた。
「話が脱線してしまいましたが、それではこれより儀式へと進ませていただきます。聖女様、さあ、こちらへどうぞ」
レイラはハッと我に返った。
「は、はい」
有無をいわさぬノーマンの絡みつくような視線に、まるで操られるかのように前へと足を動かしていた。
中央の足元には魔法陣のような紋様が二つ描かれている。そのうちの一つがレイラの前にあった。そこへ立つようにということらしい。レイラはそこでじっと動かないで待機する。
続いて、アシュリーがもう一つの紋様の前に立つ。やがて二人が対になるように二つの紋様からは光の柱が浮かび上がった。
レイラとアシュリーは他の者たちから遮断されるようにその中にいる。光の柱の零れる光がまばゆくて、他の騎士たちの表情は見えない。ただ外側からノーマンの声が届くだけだった。
一体これから何が起こるというのか。得体の知れないものへの恐怖心が湧きおこって、先ほどの和やかな雰囲気とは一転し、たちまち不安がこみ上げてきてしまう。
「では、聖女様は魔法石に、騎士は聖剣に――」
「あのっ。ちょっと待ってください。儀式……の前に、改めて、どのようなことをするのか、説明をしていただきたいのですが……!」
レイラは咄嗟に声を上げてしまった。
その場が一瞬にしてシンと静まり返り、皆がどよめくのがわかった。
儀式を中断してはいけなかったのかもしれない。けれど、さすがに黙ってはいられなかった。やはりこの流れ的には、レイラはアシュリーと共に生贄になるような、儀式的な結婚をするということなのではないかという疑念が浮かんだのだ。
すると、ノーマンが術式を解いたのか、すうっと、光の柱が輝きを落ち着かせる。困惑したようなノーマンの表情が見えた。
「……申し訳ありません。形式的なこととはいえ、聖女様のご意志を無下にし、事を急いてはいけませんね」
ノーマンはそう言い添えたあと、軽く顎を撫でながら話をはじめた。
「経緯は、王座の間で説明した通りですが、聖女様と騎士の間にはまだ絆がありません。現状、我が国における命運はとても脆い状態なのです。ですから、聖女様と騎士の絆を深める儀式が必要という、王室古来より重要視されてきた占術の結果がそのように出ているのです――これを御覧ください。安定した命運の場合は、このような雲の図は現れないものです」
水晶のついた杖を手にとって、ノーマンが言った。その水晶の中に白い雲のような渦が巻いている。それはいうならば天気図の中にある台風の目のようなものであり、見るからに不安を感じさせるものだった。
「これが、ラピス王国の今の、命運……」
「そうです。円卓に名を連ねる我々は、国王陛下から望まれたとおりに、一刻も早くこの件を解決しなければならない使命があるのですよ」
「これから絆を深める儀式をすれば、この雲のようなものが消えて晴れわたり、命運は安定するということ? そのために、絆を深める儀式をする……というわけね」
「はい。儀式はそのためだけというわけではありませんが、大前提としてはじまりの儀式として必要なのですよ」
ノーマンの左右に用意された台には台座に乗せられた魔法石と、鞘におさめられた聖剣が携えられていた。その二つを使って儀式を行うということらしい。
魔法石と聖剣は、どちらも不思議な気配に包まれ、静かな光を放っていた。まるで、それらが意思を持って、儀式の時を待ち焦がれているかのようにも見えてくる。
「ご不安なようですから、はじまりの儀式のあとのことについてもお話しておきましょうか」
「え、ええ。お願いするわ」
「では、ご説明いたしましょう。我が国にはお世継ぎが必要です。そのお世継ぎとして聖女様に白羽の矢が立ったわけです。しかし現在、聖女様はまだ戴冠式を済ませていない、羽化したばかりの状態といっていいでしょう。今後、あなたに世継ぎとなる聖王女の素質があるかどうか、アシュリーが聖騎士の役目をまっとうできる人物であるか、お世継ぎを早々に選定するためにも、初陣にてその結果を見させていただかなくてはなりません。貴殿が聖王女としての資格ありと見なされれば、正式に戴冠の場……戴冠式を設ける予定となっています」
「戴冠式」
……それは、正式な世継ぎ、聖なる王女として認めるための式典ということだ。そうしたらもう後戻りすることはできない。役目からは完全に逃れることはできなくなるのだろう。胃の中にいきなり冷たい氷を入れられたみたいな気持ちになった。