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10)

 レイラは自己暗示で落ち着きなさい、と唱え、深呼吸を心がけた。

 王宮に呼ばれて少ししか経過していないのに、そんなすぐバッドエンドになるはずがない。

(そ、そうよ。聖女様はなくてはならない存在なのに生贄なんかにするわけがない。それと、もしも想像しているような結婚を強制されるような状況があったとしたら、乙女ゲーム的な展開としては、相手はアシュリーじゃないのかしら。そうじゃなくても、アシュリーとの関係が進むイベントが待っているはず。アシュリーは図書館でしか会えない人だったし、彼のことを知る機会がくると思っていれば、怖くない……うん、大丈夫)

 それに、王宮で暮らせるということは、何か制限を言い渡されない限り、図書館にも出入りできるということだ。父のチャールズのことは気になるけれど、継母のイザベルや継姉妹のベリンダとセシリアに意地悪されることもなく過ごせると考えれば、幸運なことではないだろうか。

 前向きに事を捉え始めたそのとき、部屋にノックの音が響きわたった。

「は、はい。どうぞ」

 返事をする声が上ずってしまった。

 その少しあとに部屋のドアが開かれた。

「失礼します。湯殿の準備が整いましたので、ご案内させていただきます」

 見ると、年若い侍女が籠を抱えていた。白い衣やタオル類などが入っているように見える。

 先ほどの儀式のことが気にかかって、レイラはどうしても問わずにはいられなかった。

「あの、儀式というのはどういったことをするのでしょうか?」

 ドキドキと不安な気持ちがせり上がってくるのをこらえながら、レイラは侍女の回答を待つ。

「まずはお体を清めてお召し替えをしたあと、聖女様と騎士様にはそれぞれ魔宝石と聖剣に触れていただくということです。詳しくお教えしたいところですが、私が説明できるのはこのくらいなのです。申し訳ありません」

 侍女は困惑顔を浮かべている。本当に詳細は知らされていないらしい。ますます不安になってきてしまう。それが伝わったらしい。侍女は慌ててフォローしてくれる。

「儀式の場にはノーマン様が立ち合いされます。また、アシュリー様の他にも円卓の騎士様たち皆様の御姿も見えるとのことですし、最初の歓迎の場と思っていただければいいかと。きっとご心配には及びませんよ」

「歓迎されているのでしたらいいのですけれど……」

 儀式や式典といった堅苦しい言葉も、言い換えてみれば、歓迎会とか歓迎パーティーなどと表現できるような気楽な雰囲気と捉えていいのだろうか。とてもそうは思えないのだけれど。

 王宮内での自分の立場がどんなものかはまだよくわからない。使命や役目のことは理解したが、その身分について好意的な人ばかりではないかもしれないのだから。

「少なくとも私はお世話をさせていただけることを光栄に思っておりますよ」

 侍女が清澄な笑顔を向けてくれるが、レイラはやはり戸惑いを隠せなかった。

「ええと」

 侍女はだいたいレイラと同じくらいの年ごろだろう。

 しかし元のヒロインについていた侍女とは違うので、さっそく彼女の素性が気になった。

「私はアビーと申します。どうぞ気兼ねなく呼びつけてくださって構いません」

 やはり無印のときの侍女とはまた別の人物のようだ。名前も違った。

「よろしくお願いしますね、アビー」

「はい。では、湯殿に参りましょうか」

 ひとまず侍女アビーの穏やかな雰囲気と笑顔に癒され、レイラはホッと息をつく。

 きっと彼女を側につけたのもレイラの緊張を解くために配慮してくれたのかもしれないと思うことにした。

 それから身を調え、新しい衣装に袖を通すことになった。しかしその衣装に着替えさせられたとき、鏡の前でレイラは息を呑んだ。

(これって……!)

 身に纏っている純白のドレス、それはまるで花嫁のようだったからだ。

 ふんわりとしたドレープラインは美しく、至るところに宝石が飾り付けられ、照明に当たらなくても眩いくらいにきらきらと煌めいている。

 戸惑っているうちに、視界を覆うように、精緻な刺繍がほどこされたヴェールが垂らされてしまった。

 レイラの動揺はどんどん加速していく。

 この状況は客観的に考えて、結婚式の直前と同じなのではないだろうか。

(まさか、本当に私、生贄の花嫁になるんじゃ……?)

 まさか、そんなはずがない。そんなふうに何度も打ち消しながら、レイラは青い顔をしたままアビーの案内で儀式の場へとたどり着く。

「それでは、私はこれにて失礼いたします」

 アビーはレイラを置いてすぐにも辞してしまう。見捨てられたような気持ちで、「待って」と喉のところまで出かかった。あまりに心細くて、彼女を引き止めたかった。だが、それは叶わない願いだった。

「さあ、こちらへ」

 その声にびくりと肩が震える。

 おそるおそる前を向けば、アビーの言ったとおりに、その場には魔法使いのノーマンを筆頭に、円卓に名を連ねる騎士たち四人の姿がずらりと並んでいた。主な登場人物は最初に国王の謁見のときにちらりと見たが、ノーマン同様に前世で出会った顔ぶれと一緒だった。

 不安げな表情でレイラがノーマンを見やると、彼は本心の見えないような微笑を浮かべ、騎士たちが待機している奥の方へと手をやった。

「大丈夫ですよ。そんなに怖がらないでください。とはいえ、知らない面々に囲まれれば不安にならないわけがないでしょうし……まずは、円卓の騎士たちをご紹介いたしましょう」

 そう言い、ノーマンが前に出て左から順番に歩きはじめる。つられてレイラは騎士たちの方を見渡した。

 たしかに、ただ怯えていても仕方ないので、ひとまず彼らの紹介を待つことにした。


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