『レイラ様には、本日から王宮で暮らしていただきます。聖女様にはこれから必要な儀式をいくつも行っていただかなくてはなりません。その詳細につきましては、今宵また順を追って説明させていただきますが――』
(……何も頭に入ってこない)
元のゲームの世界の攻略対象たちが興味津々にこちらを見ていた。
理解しようと試みたが、情報量が多すぎて自分に与えられた役割を把握するまでに至らない。
そしてとうとう貧血のような症状を訴えたあとに眩暈を起こし、レイラは部屋に案内されるまでもなく運び込まれるといった始末。これは貧血というよりも興奮しすぎてパニックを起こした状態なのかもしれない。例えるのなら、熱を持ちすぎた電化製品がショートするみたいに。
「信じられない……」
レイラはぽつりと呟く。
(部屋の天井が遠いわ。屋根裏部屋とは大違いね)
そんなレイラは天蓋付きのベッドに横たわっている。屋根裏部屋の天井に近いこのベッドの中の方が落ち着く気がした。
しばらく脱力したまま身を預けていたレイラは、王宮に呼び出されて今に至るまでのことを振り返りはじめた。
まず、FDの『ローズリングの誓約と騎士姫~トワイライト~』では無印の『ローズリングの誓約と騎士姫』で攻略できなかったサブキャラのアシュリーを攻略することができるということは前世で把握していた事実だ。それを前提に踏まえて、今世の世界ではどうなっているか、仮説を立ててみることにする。
まず、アシュリールートを攻略しようとした場合、ヒロインである王女の姿が見当たらない代わりにモブ女のレイラが王宮に呼び出され、騎士であるアシュリーを召喚した聖女であることが判明――という、どうやら無印とは違ったIFの展開がなされているらしい。
或いは、無印の中で出てきたサブキャラであるアシュリーの背景がようやくここで明かされたということだ。彼は『救世主』の騎士として召喚されていたことがわかった。つまり、FDで攻略対象になったのを機にアシュリーの背景が明かされ、深く掘り下げられるということなのだろう。
(シンプルに考えられるのはそういうことよね)
一方で、ヒロインの存在が不在、世継ぎの姫はいないとアシュリーが言っていた。ヒロインをチェンジするとかヒロインを複数制にするといった情報はなかったし、あくまでヒロインは一人。魔法石に選ばれるのはヒロインのニーナ・プレスコット(デフォルト名)であるはずなのだ。それなのに、モブ令嬢であるレイラが選ばれているのはどういうことなのか。この意味が示すものは何か。その答えはひとつしかない気がした。
「え、ということは、このFDの世界では私がヒロインになったっていうこと!?」
まさか、そんなわけがない。だとしたら重大な【バグ】が発生しているとしか思えない。
(そうよ。あまりにも図々しい考えだし、自意識過剰にも程があるわ)
レイラは自分を戒めるようにかぶりを振った。
それから、一旦頭を冷静にさせて考察してみることにした。
たとえば、ヒロインが、というよりは、魔法石に選ばれるのが一人ではなく二人ということになっていて、そのうちの一人として呼び出された【負け女】ということでは? そしてヒロインが選ばれる【勝ち女】の方。ヒロイン対悪役令嬢のような構図だ。そう考えた方がだいぶしっくりくる。それなら、まだ出会えていないというだけで、ヒロインは別にちゃんと存在していることになる。
しかし、あの騎士や魔法使いたちがいた王座の間にヒロインのニーナの姿がなかったこと、誰もニーナについて触れなかったことを考えると、選ばれたのはレイラだけなのだろう。そもそもアシュリーがレイラを選んだ時点で、攻略対象の矢印がこちらを向いているということになるのではないだろうか。
それと、気にかかるのは身分だ。悪役令嬢どころか、王女ではなく聖女と扱われていることが気にかかった。これが【特殊形式】なのだろうか。前世の記憶にない展開ばかりで混乱してしまう。だが、幾ら考えても、前世に戻って制作者に聞けるわけではないし、レイラには確かめる術がない。
(それと、いくつも行わなければならない儀式があるって言っていたけれど、一体、何をするのかしら?)
儀式という仰々しい言葉からは、生贄、水責め、血抜き……死、という連想が浮かび、ぞっと血の気が引いた。
実際、古代文明では花嫁を生贄として捧げる風習のある国家があったらしいし、その線だって完全には否定できない。
(ま、まさか。そんな惨いバッドエンドのご用意はないわよね。聖女が処刑されるみたいなシナリオだったらどうしよう)
ぶるっと震えが走った。レイラは自分の身体を抱きしめるように両腕をさすった。
とにかくここは乙女ゲームの世界なのだ。レイラが把握しているのはあくまでも無印のシナリオでFDのシナリオがどうなっているのかはわからない。何があってもおかしくはないということだけ。
前世でプレイできなかったので何も知らない状態のレイラとしては、そんなことありえないと断言できないのが辛いところだ。なんでもいいから安心材料がほしい。
不穏な鼓動が胸の内側を強くたたいている。そうして悶々と考えているうちに、また眩暈を起こしてしまいそうだった。