しばらく経過すると、約束どおりに再びアシュリーが図書館に迎えにやってきてくれた。
先ほど乱れた鼓動はだいぶ落ち着いたが、彼を意識する気持ちはやはりどうしても否めない。
「少しでも読書を楽しめましたか?」
「は、はい。ありがとうございました」
正直、本の内容は何も頭に残っていない。ぱらぱらと捲るだけで終わってしまった。だから申し訳なくて仕方なかった。
「これから少しでもそのような時間が増えればいいのですが……」
アシュリーがそう言い、前を向く。
それはどういう意味なのだろう、と少し彼の言葉が引っかかったものの、レイラはまた別の緊張感に身を包むことになった。
これからラピス王国のヴィンセント国王との謁見が待っている。元の世界でゲーム内では王様の顔は見たことがない。どんな人物なのかという単純な好奇心と、今から何を言い渡されるのかという不安が胸の中でせめぎ合っている。
緊張しつつ、レイラはアシュリーについていく。アシュリーの存在はレイラにとって頼もしく、騎士である彼が側にいてくれるなら大丈夫だという気持ちが無意識に芽生えていた。
そして、大きな扉の前にアシュリーが立ち、衛兵に確認をとったあと、扉の先にいる国王へと声をかけた。
「陛下、レイラ・メイスン様をお連れいたしました」
すると、「入れ」という初老の男性の声が響いた。
衛兵が扉を開き、アシュリーと共にレイラが王座の間に入ると、そこには四人の騎士と、松葉色のローブに身を包んだ人の姿が見えた。
赤、茶、緑、黒……の髪色と、それぞれの特徴のある髪型、騎士服に身を包んだ佇まい。
(あの人たちは……!)
ヒロイン不在の件で気になっていたが、やはり攻略対象のキャラ達は存在した。
(間違いないわ。攻略対象の騎士様たち! とすると、あとは魔法使いの一人……)
レイラはまた興奮を覚えたが、ひとまずは玉座にいるヴィンセント国王に挨拶をしなくてはならない。ハッと我に返って慌ててアシュリーを倣って頭を垂れ、令嬢らしい慎ましさを心がけることにする。
「おもてをあげよ」
ヴィンセント国王は白髪に髭を生やした、穏やかな雰囲気の人物だった。
「陛下、僭越ながら、レイラ様への説明は私からさせていただいてもよろしいでしょうか?」
と、横から割って入ってきた男がいた。
「構わぬ。おまえに任せよう」
「有難き光栄です」
そう言い、一歩前に出た、松葉色のローブを着た人物に、レイラは目を奪われる。彼の顔はまだはっきりと見えないが、きらりと光る金色の髪の下に見えた琥珀の瞳にハッとした。
(どこかで見たような……それにその声……ああっ!)
買い物の帰りに広場の裏通りで出会った、あの占い師の姿が思い浮かんだ。
すると、レイラの思考を読んだかのように彼はうっそりと微笑んだ。その表情はいかにも魔法使いらしい妖しげな魅力をたたえている。
彼はローブを脱いでレイラの前に立つ。
(あっ、魔法使い……!)
レイラはすぐに彼を認識した。魔法使いの彼もまた攻略対象のひとりだ。蛇のようなねっとりとした視線をよこす彼に懐かしさを覚える。
「レイラ様」
「は、はい」
「陛下のお許しをいただきましたので、私ノーマン・アークライトが貴殿をこちらへお連れした理由を説明させていただきます」
ノーマンは一言添えたあと、レイラが頷くのを見て話を続けた。
「我が国は国王陛下の後継者となる権利を持つ者、すなわち王位継承者がおりません。その場合、聖剣に填められた魔法石に救世主の存在を尋ねることになっております」
レイラは頷く。
それは知っていた。魔法石がヒロインを王女として選び、そしていずれ国王の後を継ぐ王位継承者となった上で、騎士の一人を夫に選ぶのだから。
そこまで考えて、レイラははたと固まってしまった。
(え、それじゃあ、ヒロイン不在の中、この流れって……)
「魔法石は、貴殿……メイスン伯爵のご令嬢、レイラ・メイスン様を選びました。そしてレイラ様は無意識に救世主を召喚したのです」
「私が、救世主を召喚……?」
「はい。その救世主とは、選ばれし騎士だけが名を連ねることのできる【円卓の騎士】の中でも、その実力で筆頭騎士となったアシュリー・クレイ」
ノーマンの紹介に応じたアシュリーが、レイラの方に向き直った。そして恭しく跪く。
「えっ待って。私が、アシュリー様を……救世主として召喚!?」
はしたない言葉遣いをしてしまっていたけれど、構っている場合ではなかった。
この流れをレイラは知っていた。ちょっとだけ内容は異なるけれど、魔法石に選ばれて王女になるという流れは、ヒロインが物語の序章で経験する内容だったからだ。
「いかにも。魔法石が貴方を選び、そして魔法石を填めた聖剣が救世主――アシュリー・クレイを召喚した。彼は聖剣の担い手となった、貴方に仕える騎士です。聖女様」
言葉を失って茫然としているレイラに、アシュリーは一度立ち上がると、ノーマンの許しを得て、すぐ側に近づいてきた。
「レイラ様……我が君。私アシュリー・クレイは貴殿への忠誠をここに誓います」
アシュリーが目の前で跪き、そしてレイラの手の甲へと忠誠のキスを捧げる。その光景を信じがたい気持ちで眺めていたのだった。