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4)

(舞踏会かぁ)

 この世界を構築している『ローズリングの誓約と騎士姫』は、ヒロインが魔宝石に選ばれて王位継承者つまり王女に選ばれ、王宮で出会う騎士たちと恋に落ちていく物語だ。不思議な魔法石に導かれるように王女に選ばれたヒロインは、五人の攻略対象キャラクターと恋をして、やがて舞踏会で求婚され、その中の誰かと結ばれるという設定になっている。

 つまり、そもそも転生してもヒロインではないモブのレイラには関係のないこと。それこそ、一般的なシンデレラ物語における主人公なら、舞踏会に行って王子様と踊ることを夢見るのだろうけれど、前世でも社交界が苦手だったレイラの場合は別だった。

 画面越しに勝手にキャラが動いてくれる乙女ゲームをプレイする分にはいいかもしれないが、舞踏会の参加者の一人となると意味が変わってくる。元いた世界の社交界に置き換えて考えれば想像しやすい。例えば、会社の創立記念パーティーとか会社の先輩の結婚披露宴に参加し、あまり知らない人に儀礼的な挨拶をしてまわる気遣いが必要な場、ということ。

(いやだわ。すごーく、めんどくさい……)

 攻略対象キャラとヒロインがどうしているかは気になるものの、モブ女に接点があるはずもなく。今のレイラが王宮に興味が持てるとしたら、立派な図書館があるということくらい。だが、その場所だって関係者ではないレイラがそこに立ち入ることはまず無理だろう。

 それなら引きこもって本を読んでいた方がずっといい。だから継母の今回の意地悪はレイラにとっては幸いだった。あとは彼女たちが早く馬車で出かけてくれるだけ――読みたい本があったレイラは一人になる時間を今か今かと待ちわびているところだ。

 それから少しして、出かける支度をしていた伯爵家の前に、馬車が停まる物音がした。イザベルに命じられて箒で部屋の掃除をしていたレイラが、やっとだわ、と思っていたところ、状況が一変する。来訪者は、ドレスを届けにきた仕立て屋でもなければ、手配した馬車の御者でもなかった。王宮からの使者だという。

「メイスン伯爵のご令嬢はこちらにいらっしゃいますか」

「あらあら。わざわざ当家に王室から迎えが?」

 黄色い声をあげる継母を無視し、使者は娘たち二人に目を向けた。王室に縁が深いメイスン伯爵夫人の元に迎えが来るのは道理で、きっと二人の継姉妹が順番に呼ばれるのだろうと、その場にいた誰もが思っていたことだろう。

 ところが、指名されたのはその二人ではなかった。

 王宮の使者というワードに惹かれ、掃除の途中でレイラがひょっこり顔を出したそのとき、使者である男が納得したようにうなずき、レイラの名を口にした。

「レイラ・メイスン様、ですね」

「えっ……はい。私に何かご用事ですか?」

 壁からこっそり覗いていただけだったのに、いきなり名指しされたレイラはびくりと肩を揺らし、それから目をぱちくりとさせた。

「これより我々と共に王宮へとお越しいただきます」

「――なぜですか?」

 箒を握って古いドレスにメイドのようなエプロンを身につけた町娘同然の状態の自分に、なぜ声がかかるのか意味がわからなかった。

「申し訳ございません。理由については、王宮に到着したあと、説明させていただくとのことです」

 唖然としているレイラに、側にいたイザベルが怒号を浴びせた。

「なんていう非礼かしら。私の娘二人を無視して、なぜその汚らしい子が王宮に? どういうことなの!」

 イザベルはもはやレイラを娘のうちの一人にさえカウントしたくないらしい。

「も、申し訳ありません。メイスン伯爵夫人。我々は王宮に遣わされた者ですので、詳細はわかりかねます」

 憤慨している継母や、困惑している継姉妹たちを尻目に、あることを閃いたレイラは使いの者に尋ねた。

「あの、王宮に行く前に質問してもよいかしら?」

「はい。なんでしょう?」

「王宮には立派な図書館があるとか。ひょっとして、待ち時間に本を読ませていただくことはできますか?」

 そう、王宮図書館のことが脳裏をよぎったのだ。あわよくば、ヒロインや攻略対象のキャラ達に会えるかもしれない。

「はあ。本でございますか。もちろんございますし、謁見の時間までお待ちいただく間、ご案内することは可能ですが……」

「本当!? それなら、すぐに着替えて参ります!」

「レイラ! 待ちなさい! みっともない格好で行くのは許しませんよ!」

 さすがに王宮の使いの前で、本の虫! と叫ぶわけにもいかない怒り心頭の継母だったが、回避不可避であることを受け入れた途端、自分のプライドを守る方に舵を切ったらしい。

「ああ、腹が立つったらないわ! どうして私がこんな子のために……!」

 文句を言いながら継母はレイラのドレスを着せ替えさせた。それは実母カレンが大切にしていたドレスだという。新調したものを着せるくらいならそれを着せた方がいいという苦渋の決断だったらしい。

「いい? みっともない真似をしたら許しませんからね!?」

「なんで私たちではなくあの子が呼ばれるの?」

「信じられないわ。あんな貧相な子なのに」

 継母や継姉妹の悪口は完全スルーだった。もうレイラには何も聞こえてこなかった。王宮、本、という名前を聞いたときに好奇心が疼いてたまらなかったのだ。

 それに、舞踏会に参加するのはいやだけれど、呼ばれた理由がそうではないらしい。だったらなおさら好都合だ。転生したらモブだったので、王宮に連れていかれることなんて【奇跡】でなければ叶わない。継母がいる以上、敷居の高い王宮なんて一生覗けるわけがないと思っていた。だから、こんなチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 本以外にも王宮がどうなっているのか、ますます興味がわいてきた。今度こそリアルな乙女ゲームの世界を覗けるかもしれないのだから。

(そうよ。私の人生、前世では残念な乙女ゲーマーで終わったけど、今世ではせっかく乙女ゲームの世界に転生したのだから、主要な登場人物に会えないまま終わるなんてもったいなさすぎるのよ)

 そう、今から王宮に行けば、気になっていたヒロインや攻略対象たちに出逢えるかもしれないのだから。

 そして、【あの人】にも会えるかもしれない――。

そんなことを考えていたら、本を読むのと同じ否それ以上に、胸が躍っていたのだった。




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