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第五話

 研修三日目の朝――。

「メガネ……メガネ!」

 朝のシャワーを浴びた後、メガネが見当たらないことに気付いた。確か、昨日はレポートを作り直すために狭い鏡台に座ってタブレットを操作し、レポートが完成してから全部を放り出したはずだ。

「どこ? どこにいった?」

 脱ぎ捨てた服や下着を掻き分けたり、空のペットボトルやゼリー飲料のパックを踏んでしまったりしながら、なんとかベッド脇に落ちていたのを見付た。大急ぎで身なりを整え、部屋を飛び出した。そろそろ部屋は限界かもしれない。気合いを入れて大掃除しなければ、大切な物を無くしてしまいそうだ。

「ま、間に合った……」

 ギリギリだった。

 開始を告げられる前に講堂に足を踏み入れ、ホッとしながらいつもの席に近付いた。

「あ……」

 一息吐いたとき、女性に囲まれている拓野が見えた。

(今日も……モテモテだ)

 昨日は三人だった取り巻きが今日は五人に増えている。

「なんだか春爛漫の新生活スタートって感じだね。僕の所に来たのはズルいカップルだったけど……」

 なんとも言えない気持ちをボソボソと吐き出しながら、入って来た講師に目を向けた。

 今日は電話や窓口対応、名刺交換、接客の仕方といったビジネスマナーの実技研修だった。誰かとペアを組んで取り組むよう言われ、すぐ後ろに座っていた女性とペアになった。

 こういう時、大学時代に資格を取ったのは正解だったと思える。

 秘書検定一級に合格し、国際秘書検定も準CBS資格を取得済みだから、ビジネスマナーは正に朝飯前だ。所作の美しさを講師に誉められただけでなく、ぎこちない動きの女性を優しくリードしたお陰で、

「須田さんが秘書課決定って噂されてる理由が良く分かりました!」

などと羨望の眼差しを向けられてしまった。

「いえ……秘書課は……」

 困惑しながらやんわりと否定していると、視界の端に拓野が映った。ペアになっている女性がピタリと体を寄せ、腕を絡めながら実技に取り組んでいる。

(あ~あ~。あんなにベタベタ引っ付いちゃって)

 もはや研修じゃないね、と失笑しながら研修三日目を終えるのだった。

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