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第十一話

 火災の原因は、二階の部屋の寝たばこが原因だった。

 煙を吸うなどして数名が病院へ運ばれたが、幸い全員軽症。施設長は、消防から「迅速な初期消火が功を奏した」とお褒めの言葉をもらったそうだ。

 設備の修繕のため、研修は一週間延期。喫煙所の案内や施設利用上の注意が再度周知された。

 光葉の喉の火傷と栄養失調も、点滴と規則正しい食事という完璧な管理によって順調に改善。五日で退院となった。

 時間を持て余す入院期間中、一度、非常に緊張する出来事があった。総務課長が謝罪に来たのだ。

 恐縮しきった態度で何度も深々と頭を下げる姿は、あの時とは全くの別人だった。


 管理職に苦言を呈し、謝罪させた者――。


 誰が動いたのか、想像に難くない。小さくなった総務課長を見ながら、光葉は恐縮しつつも、わずかながら頬を緩めた。

 正直なことを言えば会いたくなかった。

 しかし、光葉が会って、総務課長が改心することで「上下関係なく間違いは正す」「失敗しても出直すチャンスがある」「組織は自浄作用が効く」といった会社の姿勢を広く知らしめることができる。

 これを期に、総務課の課員も自分達の行いを省みるだろうし、他の管理職達もハラスメントについて再認識するに違いない。

 あの親睦会は嫌な体験だったが、憧れて入社した会社がより働きやすい場所になってくれれば、少しは救われるというものだ。

 そう考えることで、ひとつの区切りができたと思う。


 無事に退院した光葉は、再開された研修に参加。

 以前と同じようにレポートや試問に追われる日々を過ごし、三か月間の新人研修全てを修了した。

 世間を賑わせたCEOの容態は順調に回復。

 一時急落した株価も回復し、マイナスの話題を好むワイドショーから、神統商事は姿を消した。

 それと同時に、社内に流れた不穏な空気も霧散。代わりというように代表代行の敏腕振りが噂となって広がった。

 いつの時代も噂は誇張されがちだ。

 しかし「このまま社長に就任するのでは」という話がステークホルダーの間にまで異様な現実味を帯びながら広がるほど、隆司の評判は良かった。

 神統隆司――。

 その名は、光葉の前から確実に遠ざかっていったのだった。

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