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第四話

 二日目の朝――。

「今日も前かな」

 講義を受ける席は、やっぱり終わってすぐに退室できるところがいい。昨日と同じように出入口に近い席に座ってタブレットで連絡メッセージを確認している時、講堂がざわついた。

「?」

 顔を上げると三人の女性に囲まれた拓野が見えた。

「いいなぁ~」

「俺もあんなに囲まれてみてぇ」

 講堂のあちこちからやっかむ声が聞こえた。

 羨望の眼差しを一身に受ける拓野は、髪型や化粧はもちろん「いつでも脱げます!」を体現したような美女達に後列の席へ誘われていった。

「もてる男は辛いね」

 光葉がフフッと笑ってタブレットに視線を戻した時、ドサッと重たい音が聞こえた。講師が大量の資料を隣の席に置いたのだ。

「資料を前の席に置くから、一人一部取るように!」

 一瞬で講堂がシンと静まり返る。今日の講師は、声が大きくて紙の資料が好きなタイプらしい。タブレットをそっと端に寄せると、資料をもらった。

 午前と午後の講義だけでなく、課題用の参考資料まで分厚い紙で配付された。厚さは実に、学生時代の教科書一冊分以上。読み込むだけで四十五分間のワークタイムが終わってしまいそうだった。

 講師が中座した講堂は随分と騒がしかった。早く部屋に戻りたくて黙々とレポートをタブレットに打ち込んでいると、遠慮がちな声が聞こえた。

「あのぉ、須田さん……」

「はい?」

 顔を上げると男女の二人組が立っていた。確か昨日、途中で講堂から出て行ったカップルだ。二人ともSNSでキラキラした自分の生活を紹介していそうな雰囲気だ。自分とは縁が無いタイプだ、と思いながら見上げた。

「今日の講義、ちょっと分からないところがあってぇ~」

「教えてもらえないかな」

 口調とは裏腹に二人はグイグイと寄って来て、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで詰めてきた。

「お、教えるって、どんなことを?」

 あまりの勢いに思わず身構えながら女性を見た。

「ちょっとでいいから! ね!」

 お願い、と拝む仕草をする女性に困惑していると、後ろに居たはずの男性にタブレットを取り上げられた。

「え! あ、ちょっと!」

 制止も聞かず、彼は勝手に画面を操作し始めた。

「困ります!」

「いいから、いいから!」

「いえ、でも……」

 伸ばした腕をパンッと払われた。その強さに驚いているうちに、女性が喜びの声を上げた。

「来た来たぁ! レポート見えたよ!」

「よし!」

 呆気に取られていると、男性がニヤリと笑ってタブレットから手を離した。

「助かったわ~」

「優秀な同期が居て俺も嬉しい」

 満面の笑みの二人は仲良く肩を抱き合って講堂から出て行った。後には、勝手に操作された光葉のタブレットが放置されていた。

「……共有されてる」

 近くに居る者達とデータを共有できるアプリが起動していた。なにやら喜ぶ声がそこかしこから上がっている。すぐにレポートを削除したが、拡散は止められないだろう。

「最悪……」

 溜め息が止まらない。このワークタイムに書き上げてしまおうと思っていたのに、データを丸写しされただけでなく、拡散されてしまっては台無しだ。

「……」

 やり場のない怒りと虚しさを持て余しながらノロノロと席を立った。すっかりやる気を削がれてしまったし、講堂に居ること自体が苦痛だった。

「せっかくのオフが……」

 部屋に戻ればレポートに集中できるが、ダラダラするはずの部屋で勉強なんて、うんざりしてしまう。

 すっかり肩を落として講堂を後にした光葉は、女性に囲まれて身動き取れない拓野が焦燥の表情で見詰めていたことに気付くことはなかった。

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