所変わって、甘味処。
「お前は、嘘つきだな」
「なんでえ、藪から棒に」
泡沫は、隣に座る賀照にそう返した。その時、彼に気付かれないようにさり気なくあんみつの餡子を奪った。
「見てたぜ。なーにが、『幽霊だの怨霊だの、妖だの……そんなの、いるわけねえだろ』だよ」
賀照は泡沫の声色を真似ながら言った。少し似ているのが、癪だ。
「それはあっしの真似かい」
「いるわけねえも何も……うぐっ」
途中まで言いかけた賀照の口に泡沫は団子を突っ込んだ。
「言わぬが花……っていつも言っているだろう」
「て、テメエ! 危ねえだろ!」
「お前さんにしかやらねえよ、こんな危険なマネ」
「それは褒めているのか、貶しているのか」
「さあね、当ててみな」
と、その時、泡沫は目の前を通りすぎる二人組を見て、目を見開いた。
「ほら、雲雀姉さん、早く!」
「こら、ちゃんと前見て、歩きな」
後ろ向きに歩く小雨と、それを後ろから追う形で進む雲雀の姿があった。
案の定、小雨は通行人にぶつかってしまうが――
「あーもう、言わんこっちゃない」
転倒する直前、雲雀が小雨を受け止めた。
そして、ぶつかった町娘に、雲雀は頭を下げる。
「連れが申し訳ございません」
「あ、いえ、大丈夫です」
ぶつかった相手は驚いた様子で軽く会釈して去っていった。
その時、町娘の視線は、大胆に開いた雲雀の胸元に釘付けだった。
「ごめんなさい、雲雀姉さん」
縮こまって謝る小雨に、雲雀は「やれやれのやれだね」と明らかに誰かの口癖を真似て困ったように笑った。
――あっしの真似、みんな、上手すぎじゃね?
「
「は、はい」
雲雀に額を小突かれながら、小雨は笑っていた。
「大体、そんなに急いでもいいことなんてねえだろ。生き急ぐもんじゃないよ」
「でも、いつどうなるか分からないからこそ、一瞬一瞬を大切に生きたいんです。それが、せせ姉さんの願いですから」
「お前……」
雲雀は目を大きく見開いた。まさか彼女の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。
驚愕した後、雲雀は優しく微笑み、小雨の頭に手を置いた。
「しょうがない子だね。だったら、ほら……行くよ」
雲雀が小雨に手を差しだした。
「とことん付き合ってやるよ」
「はい! ありがとうございます、雲雀姉さん!」
雲雀の手を嬉しそうに取り、二人は手を繋いで人混みの中を進む。
「雲雀姉さん、本当に姉さんみたいだな」
泡沫の問いに答えるように、賀照がニヤニヤと笑いながら言った。
「まあ、あの子はちょっと気が強ぇ所があるけど、根っこは面倒見のいい、優しい子だからな」
「少し前までは怯えていたのが嘘みてえだな。本当の姉妹みてえじゃねえか。ほんと、人の作る縁ってもんは、分からねえもんだな」
「ああ、まったくだ」
仲睦まじく街路を歩く、二人の後ろ姿を見て、泡沫は彼女には聞こえない声で言った。
「今度は、ちゃんと幸せな恋をしろよ……小雨」
太陽に照らされて歩く少女の顔は、メソメソと泣いている雨のような顔でも、悩んでばかりの曇り空のような顔でもなく――雨上がりの雲一つない快晴のような、爽やかな青が輝いて見えた。
「なあ、うた」
「何だい?」
「
「……」
泡沫は答えず、空を見上げた。
雲一つない、澄み切った青い空。その透明に似た青い光を瞳に映しながら、泡沫は歌でも口ずさむように小さく笑った。
*
『コロス』
『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスユルサナイユルサナイユルサナイ』
『ナンデ私バッカリ! 私ばっかり! ワタシばっかりばっかりばっかり! ズルいズルい!」
『恨んでやる、怨んでやる、ウランデヤル!』
『殺して、殺して、殺して……』
『殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して……全員、殺して! 全員、同じ目に! 殺して、殺して、殺し尽くしてやる!』
『イヤダァァ……キエタクナイ!』
『どうして、私ばかり! 私だけ……! お前だけ救かるなんて、お前だけ逃れるなんて、お前だけが、生きていいだなんて! そんなの、絶対に許さない……! お前も、私と同じ目に……絶対に許さない! そんなの、許さないんだから!』
『……小雨っ!!』
*
「そいつは、言わぬが花……だろい」
「なんじゃ、そりゃぁ。ケチくせえこと言うなよ。俺にだけ教えてくれよ」
「懐くな、気色悪い」
泡沫は顔を近づけてきた賀照を軽く手で払いのける。
そして顔を上げて、行き交う人を見つめた。
ただ同じ動作を繰り返すように一生を終える、たくさんある内の一つに過ぎない小さき命。
それが笑って、怒って、泣いて――生きている。
――あぁ、そうだな……
「なあ、賀照」
「なんでえ?」
「あっしは、お前さんほど人間に好意的じゃねえ。騙し騙され、傷つき傷つけられ……たった一言で自分の人生を投げうっちまう、博打うちみてえな生き物だと思ってる。それでも……」
泡沫はふっと空を見上げる。
戯曲の物語のように、流れる雲を見つめ――
「守りてえとも思ってねえし。守ってやらなきゃいけねえとも思ってねえ。それでも……ごくたまに、愛おしいって思う時がある。きっとあっしがこんな面倒な事を今でも飽きずに続けているのは……」
そこまで言った所で、突然賀照が笑いながら泡沫の肩を叩いた。
「何を言い出すと思えば、まったくうたは! 冗談は下手くそなんだな!」
「げほっ……江戸には力馬鹿しかいねえのか」
肺に直接衝撃が伝わり、泡沫は大きくむせた。
流石の賀照も驚いて「悪い」と謝った。
「でも、うたにしては随分と人間くせえこと考えるんだな」
「あ!?」
「おいおい、怒るなよ、このくらいで。それに……」
そこで賀照はニカッと太陽のような眩しい笑顔を向けた。
「絵巻の件は、俺は仕方ねえとしても……うたの場合は特に理由なんてねえだろ。どうしても理由が必要なら、目の前で誰かが困っていた……あとは、なんとなく? まあノリ? とかでいいんじゃねえか」
「はぁ……お前さんに言った、あっしが悪かった。だけど……お前さんはそのままでいてくれ」
「え? そのままでって……」
「言葉通りだよ。そのままの……阿呆でバカで、愚直で力馬鹿なままで」
「なんだよ! ただの悪口じゃねえか!」
「さて、そろそろ行くか」
泡沫が立ち上がると、何か思い出したように賀照が「あ」と声を漏らした。
そして賀照を待たずに歩き出す泡沫の背に、賀照が声をかける。
「おい! なんか有耶無耶にされたが、結局、言わぬが花ってどういう意味なんだよ」
「おや、お前さん……よく有耶無耶なんて言葉知っていたね」
「まあな……じゃねえ! いいから教えろよ! なあ、うた!」
騒ぎながら歩いてくる賀照に合わせ、泡沫は少しだけ歩く速度を落とす。
そしてちょうど賀照が隣に並んだ所で、フッと笑みを零し――
「気が向いたらな」